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 優男と言われたときに、最初に浮かぶのは吹雪士郎という男かもしれない。おなじ日本代表となって寝食を共にするようになっていこう、彼の見方を少し変えてきた佐久間は、日々戸惑いを強めていった。彼は女性によくもてるようで、街に出たときに囲まれているのを見ることが度々あった。
 確かに顔の作りは良いのだが、それだけであそこまで人を寄せ付けはしないだろうと、意識をして彼を目で追い始めていた。佐久間自体、ふと気になると探求心に火が付いて、気になってしかたなくなってしまう性分なのだ。そしてその内、彼が細かいことに気付いて様々なサポートをしていることを知った。大雑把な男であれば気付かないことも、繊細な女子には魅力的に感じられるのだろう。一旦目に付くと、佐久間は吹雪のエスコートが気になって仕方なくなってしまった。女子にするようなエスコートを、吹雪は佐久間にまでしているのだ。女扱いをされるのは好きではないが、吹雪自身意識しているとは思えないので、注意もできない。ただ彼のペースに呑み込まれていく中で、その優しさに男の自分でさえも、どきりとしてしまうことがあるのだ。

 こんなに女々しいのだから女扱いもされてしまうのだろうと、不甲斐なさを含んだような溜息を落とした佐久間はベンチに腰掛けた。マネージャーは既に昼食の用意に向かっていて、フィールドにはいなかった。片膝を立てて、筋肉を伸ばせば、左足が少しだけ痛む。利き足だけでなく、両足とも細かなプレーができるように、定期的にいつもと反対の足を意識して使うようにしていたのだが、やはり小さな誤差は生まれる。それが積み重なったのだろう。大したことはないが午後からは利き足を主体に戻した方がいいだろう。

「大丈夫?」
 独特なしゃべり方をする、吹雪の声はよく通る。顔を上げなくても相手のことが分かった佐久間は少し頷いて応える。

「何で分かったんだ?」
「少しね、重心がずれてた気がしたから」
「よく見てるな」
 笑みを浮かべた吹雪は、マネージャーが置いていった救急箱の中から冷却スプレーを取り出すと、跪いて佐久間の左足を持ち上げた。

「こっちでいいんだよね」
「えっ、あ、」
 答える前に靴を脱がせた吹雪は、靴下に指を伸ばした。少し冷たい指先がゆっくりと太股をなぞり、艶めかしいほどの動きで靴下を脱がしていく。佐久間の中の時間がゆっくりと流れている。どうしてこの相手は、意識をさせることに長けているのだろうかと憎々しくも思う。情事での愛撫のような触れ合いに息を呑んでいる間に、靴下はすっかり脱がされ、かかとを持たれた。冷却スプレーをかけられて、解放される。途端に息をついて、意識しすぎる自分に叱咤した。そんなとき、不意に相手が上半身を上げる。向かってくる吹雪に反射的に目を閉じると、次の瞬間相手の手が髪に触れた。

「糸くず、ついてたよ」
 取るだけならまだいい。それを人差し指と親指にはさみ、他の指で横髪をわざわざ耳にかけた吹雪がようやく離れる。その瞬間佐久間ははっきりと感じた。悪いのは自分ではない、相手なのだと。恨めしげに見上げるが、女が好きそうな、柔らかい一笑をした吹雪は言い放った。
「どうしたの?そんな可愛い顔して」
 どうやら自分は、こいつには適わないようだ。そう感じながら、佐久間は隻眼を揺らした。


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