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 フィールドを駆ける姿は軽やかで、いつでも帝国サッカー部の最前線を走っている。佐久間せんぱいは、鬼道さんに憧れて、とても尊敬していて、盲目、だけれども、俺にとってはせんぱいが憧れの人。
ポジションは、小さい頃からこの位置だったから、今更代わろうとは思わないし、同じ所に立つよりも、少し後方でせんぱいの援護をすることが、何よりも楽しいと思うから、俺は俺のままで高みをめざす。
たしかに、鬼道さんはすごいし、他の先輩もすごい技術をもったプレーヤーだけれども、それだけじゃない、佐久間せんぱいがサッカー以外のところでしている努力も含め、俺はせんぱいをしたうんだ。それに、せんぱいは俺にとてもやさしい。レギュラー一年仲間の、洞面にもやさしい。あまり人を寄せ付けないあのひとが、甘やかしてくれる、それは、俺をどんどんせんぱいへ傾倒させていくことになって。せんぱいをみかければ自然、顔はあかるくなるし、駆け寄っていきたくなる。ああせんぱい、もっともっと、おれを甘やかしてください。時々、厳しくしてください。特別であることを思い知らせてください。

 その日の授業は午前中だけだった。一ヶ月に一度、業者が入って校内の掃除を行うので、帝国学園は年中綺麗だ。それでもクラスには掃除当番というものがあり、毎日部活に行く前に無駄な労働をさせられる。今週は教室の掃除当番になってしまったので、昼食を摂る前に班の動きに倣って箒掃除を始めた。業者が入る日の少し前なので、少々汚れてきている。それでも普通の学校からすれば塵一つないように映るのだろうと、換気のために開いている窓から外を見つめた。俺の教室は中庭に面してい、それも入り組んだ景色しか見えないのであまり面白くはない。ぼんやりと空を見つめていた目を下へ持っていったときに、せんぱいの姿をみつけた俺は、手を振ろうとした。しかし、せんぱいは誰かと一緒のようだったので、それができなかった。班のメンバーがちり取りでゴミを回収し、ゴミ箱へ入れたところだった。ゴミ掃除を買って出た俺は、そのまま袋を持って教室から駆け足で飛び出した。

「佐久間せんぱい!」

 空気なんてぶち壊すように、俺は大声を上げた。中庭の、奥まった場所にいたせんぱいは、俺の姿を見つけて表情を柔らかくしてくれた。俺とせんぱいの間に立っている、知らない人は居心地が悪そうにしていた。

「せんぱい、ご飯一緒に食べましょうよ、洞面が待ってるんです」
「ああ、分かった」
「何話してたんですか?」
「クラスのことでな」

 きっぱりと答えたせんぱいが、俺の知らない人へ「じゃあ」と挨拶をしてこちらへ向かってきた。歩き出し、一度も振り向かないせんぱいに代わって、俺は元いた場所を眺めた。すると、俺の知らない人が名残惜しげにせんぱいの姿を見つめていた。だから、俺はせんぱいの腕に抱き付いて、邪魔だと言われながらも振り解かないせんぱいの優しさに甘えた。

 こういった、すこしの事で嫉妬してしまう俺は、なにかおかしいんでしょうか、ねえ、佐久間せんぱい。


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