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「お前あの状態の佐久間と四六時中一緒にいて、よく平気だな」

 そんな言葉を聞き流した源田は、宿題である数学の問題の最後を書き終えた。源田と違って、まだユニフォーム姿である辺見は、生温くなってしまっているスポーツドリンクを飲み干しながら相手の手元を見つめている。彼は数十分前、部活の終了が告げられたときに自主練習に向かう佐久間がついてこようとした源田に「宿題でてんだろ?今日お前の部屋行くから俺が自主練終わるまでにやっとけ」と言い放っているのを見たのだ。どういう訳か佐久間は源田に対して時折我が侭で横暴だ。それは辺見に対してもそうであるが、何だか質が大きく違うように見受けられるのだ。感覚的なものなので上手く言葉にすることができないにせよ、源田の寛大さに閉口するばかりなのである。

 そうこうしている内に自主練習を終えた一群がロッカールームへ戻ってきた。源田の横を過ぎるときに、相手を見もせずに「あと二十分」と言い放った佐久間はロッカーからタオルを取り出すと、ロッカールームの先に備え付けられているシャワー室へ入っていった。教科書をパラパラと捲っていた源田はシャワーの音が聞こえてくると、それらを学校指定のスクールバッグに丁寧に入れた。帰宅の準備である。直ぐにそれを終えて、棚にある雑誌を読み始めたその姿に辺見は肩を竦めた。佐久間を少しでも待たせないために用意などを素早く終える源田は、これまた佐久間を待たせないために食事を摂るのも早かったりする。

「お前佐久間といて疲れると思ったことないのか?」
「ないな」
 雑誌に目を落としたまま、きっぱりと言いはなった源田は無駄に男前だった。唸り声を上げた辺見は、シャワーを寮で浴びることに決めて着替えを始める。それが済む頃に佐久間はシャワールームから出てきた。下着を身につけ、髪からたれる雫を受け止める意味で肩にタオルをかけた彼は、上半身裸のまま自分のロッカーの前までやって来た。佐久間はいい方である。成神などは湿気の多いシャワールームの付近で着替えることを面倒くさがって、全裸でロッカールームまでやって来るのだ。男だらけだとこういう ずぼらが許されてしまうのだから、楽といったら楽なのかも知れない。話しかけてきた佐久間に答えて会話をする辺見は、話題の終了とともにそれを切り上げて、一足早くロッカールームから出て行った。程なく制服に着替え終わった佐久間が扉に向かう頃には、読んでいた雑誌を戻して鞄を持ち、立ち上がっていた源田がそれに続いた。隣に並び、「夕食はどうする」の言葉を放つ。「外で食う」と答えた佐久間に首肯して、一言二言、会話を続けた。

 まずは寮に戻って洗濯物を出し、荷物を部屋に置いて目立ちすぎる制服を脱いで私服に着替える。そして待たせないように、また早く行きすぎないように、源田は佐久間の部屋へ向かった。タイミングは丁度良かったらしく、正しく外に出ようとしていた相手と鉢合わせた。

「お前の部屋の方が出口から近いんだから、別に迎えに来なくていい」
 言った佐久間に言い訳じみたことを紡いだ源田は先だって歩き始めた相手に歩調を合わせた。『一刻も早く逢いたかった』などと本音を言ったらまたヘソを曲げかねない。源田は佐久間といることに疲れはしないが、相手の扱いが難しいことをよく知っていた。そして、彼が自分に対して特別ぶっきらぼうな態度をとることも充分知っていた。だがしかし。

「源田」
 寮の外に出、校門を後にしたあたりで前後になっていたその距離に気付いた佐久間は立ち止まって少しだけ後ろの源田を見つめた。差し出される片手に視線を移した源田は、少しだけ口許を緩めてそれを掴んだ。
 日が沈んでしばらく経った頃、町中に電気が溢れていはしても、夜闇が直ぐ側にあるなかで、それに隠れるように手を繋ぐ。相手の手の熱さが、その照れを象徴しているようで、源田は自身も佐久間への愛おしさで温かくなるのを感じた。


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