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 体の関係の方が手っ取り早かったし、楽だった。外罰的だったその一時期、奪うように、八つ当たりをするように、代用するように、隙間を埋めるように、体を重ね合わせた。
不動は後々、冷静になって自覚をした。自分は佐久間次郎に惚れているのだということを。それゆえに、相手の空虚へ付け入るように、嘲笑いながらも佐久間を抱いたのだ。認めるには苦々しい想いだった。しかしながら普段から自分の気持ちを整理して処理する癖のあった不動は、認めざるを得ないことを大人しく受け入れた。しかし、だからといって何をするでもなく、真帝国学園以来会わずに変な距離ができてしまった佐久間に歩み寄ることもしなかった。ライオコット島に来、一時的な和解を遂げても、過去の自堕落なまぐあいには触れず、互いに素通りする日々が続いていた。そんななか、佐久間の態度が少しずつ変化していったのは不動も気付いていた。しかしそれが何を表すのかまでは思考が及ばなかったし、オルフェウス戦に向けて冷静ではいられない様子の鬼道の余波を受けているのだろうと漠然とした推理をするまでだった。

 そのオルフェウス戦に向けて練習を重ねる日々のことだった。練習を終え、夕食をとったあと、団らんを始める一群から抜けてひとり部屋に戻っていた不動の元へ訪問者があった。扉を開けた先、少しだけ髪が濡れている佐久間から漂う、洗髪剤だかボディーソープだかの香りで景色が瞬間揺らめいた。許可もしてないのに勝手に入ってきた佐久間は後ろ手に扉を閉めると、動揺を顔に出さない不動を目でとらえた。彼は今、双眼で相手を見つめている。それは真帝国学園を思わせ、不動を焦燥的にさせるのであった。口籠もる不動におかまいなく、佐久間は相手の首筋に腕を回した。それにいよいよ動揺したのは不動の方である。突き放して何のつもりだと問えば、かつてよりも熱い視線が返ってきた。

「不動」
 動く唇が幼く、それでいて艶めかしい。相手の望んでいることが理解できた不動は瞬時に眉を寄せると、不機嫌な顔になった。一瞬のうちに彼の中では様々な憶測が飛び、その結論が出たのだ。

「鬼道の所にでも行け。俺はごめんだ」
 佐久間に苛立ちをぶつけながらも、幼い自分に更に腹を立てていた。あろうことか、己は鬼道に嫉妬しているのだ。佐久間が自分を求めるのは、その裂けていく心の穴を埋めるためだと観念づけている彼の、今更ながらの矜持でもあった。
 しかしながら、外していた視線を戻したとき、佐久間が唇を噛んで悲痛な面持ちになっていることに不動は居たたまれない思いになった。惚れた弱みだろう。他人が泣こうが苦しんでいようが、不動には関わりないことで、その心が動くことはないのに、どうしても佐久間のこういった表情には弱いのだ。その内彼が嗚咽のような怨み言を口にするのを、不動は信じられない思いで聞いた。

「なんで、鬼道がでてくるんだよ」
「ハァ?お前鬼「なんで鬼道の名前がでてくるんだ」
 まくし立てるように言い放った佐久間が一度逸らした視線を再び相手に向ける。不動はらしくもなく言葉を詰まらせた。

「ヘタレ野郎」
 八つ当たりに近い言葉を、吐き捨てるように言った佐久間が踵を返す。そのまま駆け出しそうになるのを、腕を捕らえることで止めた不動は、後ろ姿の相手に嘲笑すらできない余裕のなさで呟く。

「おまえ、まさか「俺が好きなのは鬼道じゃねえよ」
 不動が言葉を失っているあいだに振り返った佐久間は、先程とは比べものにならないほど幼い表情の赤い顔を相手に向けると、眉をつり上げながら「鈍感!バカ!」とこれまた幼稚な悪口を言いはなった。片手で顔を押さえた不動は、指の間から、掴み掛かってきそうな佐久間を見つめ、頭の中を整理していった。やがて彼にしては時間がかかった思考を終え、掴みっぱなしだった相手の腕を離した。

「お前、バカだな」

 呆れ返ったように言われ、佐久間は激昂した。我慢ならずに叩こうと出したその手を不動が引いた。そうして勢いを殺さずにしなだれかかるような形になった佐久間の唇を奪う。甘すぎる口内を舌先で舐め取り、震える相手のそこと重ね合わせる。零れそうになる唾液を掬い、唇に撫で付け、リップ音をさせて離す。ゆっくりと瞳を開けた佐久間は眉尻をさげて、息を整えていた。居心地が悪そうに目を逸らす相手の紅潮を、不動は映画でも観ているように眺めていた。そういえば……、浮かんだ言葉を、彼は口角をあげつつそのまま口にしていた。

「これはハジメテだっけ?」
 キスなどしたことがなかった事実に、あくまで茶化すような物言いを不動はする。見る見る表情を強張らせていった佐久間は相手を突き返そうとするが叶わなかった。逆に引き寄せられてその肩口に顔を埋める形となった。

「不動?」
 彼らしくもない行動にドギマギする佐久間は知らない。今更ながら熱くなってしまった顔を、不動が肩越しに隠している事実を。

「バカだな、お前」
 先程と違い、嘲りを含まぬ、少し弱さすら感じる呟きと共に、佐久間はその相手の背に手を回した。


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