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 ディランとマークは周りも認める大親友で、それは絶対に揺るがない事実だ。大好きなマークと大好きなサッカーをできるなんてミーはなんて幸せなんだろうね、などと宣っては相手に抱きついて抱き返された。
 その日はディランの大好きなマークがとても落ち込んでいた。マークはサッカーの試合で負けることが殊更こたえるようで、こうして落ち込むことがしばしばあった。特にチームのキャプテンとして皆の期待を背負っている身としては辛くて仕方がないのだろう。ディランは負けるのが大嫌いだ。負ければマークが落ち込んで自分を責めてしまうから。ディランは自分が負けても悔しいが落ち込むことはない。次に切り替えていくポジティブさを持っている。けれど、マークは違う。繊細な彼は回復するまで酷く自分を追い詰める。だからディランは負けたくない。それでもジャパンに敗北してしまった。FFI世界大会において初めての黒星だった。その上ユニコーンは一之瀬まで欠いてしまった。マークの落ち込み様はもう、見ていられないほどだった。彼は誰かに慰めて欲しい訳でなく、逆に気を遣われると益々伏せってしまう。だからこそチームメイトは彼をそっとしておいた。
船に乗り、バスで宿舎に帰ったあと、マークはフラフラと自分の部屋に篭もってしまった。彼はできうる限り自分を空気にしていた。ディランは知っている。今のマークの傍に歩み寄っていくことが許されるのは自分だけだと。マークは気を遣われると益々伏せってしまうが、それでも、ディランだけは例外だった。
 いつもはノックもしないけれども、今日だけはきちんと扉を叩いた。返事はなかったが数秒だけ待ったディランは扉を開けた。マークは自分のベッドに膝を立てて座り込み、その膝に額を付けている。だから彼の顔色は覗えなかった。ディランは扉を閉めてマークに近付いていった。「マーク」呼び声に、彼は答えない。「マーク」もう一度呼んで、自らもベッドに上がり込む。身を乗り出して顔を覗き込もうとする。「マーク、」声色を変えながら、ディランはなおも相手の名前を呼ぶ。

「ディラン」

 ようやく、掠れた声でマークは答えた。けれども顔は上げなかった。マークは落ち込む度にディランがこうして傍にいてくれることが嬉しくて仕方ないのに、情けない姿を何度も繰り返し見られることに自己嫌悪もしていた。今度こそ呆れられるかも知れないと思った。けれどもディランはいつものようにマークの名前を呼んだ。そして優しく頭を撫でてくれた。フィールドから何とか堪えていた涙が出そうになる。「ディラン……」鼻水を啜って、もう一度相手の名前を呼んだ。

「顔を上げてよ、マーク」
 その言葉に首を振ったマークに、困ったような表情を浮かべたディランは相手のゴールデンブロンドを少しだけ引っ張った。

「マークの顔を見せてよ」
 やはり首を振ったマークは、ディランに呆れられる恐怖以上に、情けない顔を今日こそは相手に見られないようにしようと心に決めていた。ゆえに、どんなに優しい声で囁かれても首を振り続けた。

「じゃあもういい」
 ディランが放った言葉に肩を揺らしたマークは絶望的な思いが体の中心に宿るのを感じた。痛いわけでもない、ただ疼くのだ。ディランが自分に触れていた手も離れ、いよいよ涙が太股にポタリと落ちた。しかし次の瞬間、自分の右側から相手の温度と控えめな重みが掛かった。

「マークの顔が見れるまで、ミーはこうしてるから」

 膝を抱えていたマークの手を取り、握りしめて、その肩に頭を乗せたディランはもう何も言わない。細い嗚咽だけが、その部屋に響いた。


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