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 佐久間は五時限目に睡魔と戦ってまで授業に出る必要性が分からなくなっていた。鬼道が帝国学園にいた頃こそ、同じクラスメイトとしてサボることは決してなかった佐久間だが、いつしかその生真面目さは薄れていっていた。特に日がポカポカとしている日の窓際で受ける歴史の授業など、拷問でしかなかった。まずプリントが配られ、教科書を元にその内容に沿って行われる授業は、ノートをとるという唯一の暇つぶしを奪って、生徒を睡魔の谷へ陥れるようなものだった。本棟屋上は今封鎖されているが、外と内を分ける扉の正面、踊り場になっている場所にはこの時間光が差し込んで酷く心地が良かった。絶好のポジションで身を横たえた佐久間は、上着を掛け布団代わりに、低い段差を枕代わりに、居眠りを始めた。
 浅い眠りの中、不可思議な夢をみていた佐久間は現実との境界が分からぬまま目を覚ました。先程までの内容と現実に脳が混乱している。体の痛みに現実感が増していった頃、ページを捲る控えめな音がして初めて、側にある気配に気が付いた。
「目、覚めたか」
 教科書から目を離さずにそんな事を言いはなった源田を呆然と眺めた佐久間は、少しずれてしまっている眼帯の位置を直した。
「今何時限目?」
「六。俺のクラスが今歴史」
「それでサボりか?」
 同士の出現に嬉しくなったらしい佐久間が声を高くするのに、ようやく教科書から視線を外した源田は、一段落したそれを閉じた。
「佐久間の様子を見に来たんだが、案の定寝てたな」
「起こせば良かったのに」
「サッカー部のために、夜遅くまで作業してる佐久間を起こせるような非常な心は、俺にはない」
「………………」
「寝顔を見ていたかった………………………………と言ったら嫌な顔をするだろ?」

 前半の部分だけで既に嫌な顔、になっていた佐久間は意地の悪い笑みを浮かべる源田がいつになく質が悪いことに手を焼きながら、固まってしまった全身を解すべく伸びをした。

「どうせなら保健室ででも寝ればいいのに」
「だってここなら、源田と二人になれるだろ?」

 そんな言葉に目を見開いた源田の、僅かな揺らぎに気をよくし、意趣返しを終えた佐久間は体を反対側へ倒して源田の膝に頭を乗せた。決していい寝心地にはならないが、それを感じさせないくらい、源田の側は心地が良いのだと、残念ながら佐久間は認めざるを得なかった。


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