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 何でもそつなくこなしてしまう亜風炉は、いつでも余裕を顔に貼り付けて、落ち着き払った立ち振る舞いをしている。普通の中学生よりもおおらかで、かつどこか残忍でもある彼のことを、周りはどこか誤解しがちだと平良は思考していた。
 ネオジャパンとして、イナズマジャパンとの対戦を終えた頃である。亜風炉が属している韓国代表までも打ち破って世界へ旅立っていったイナズマジャパンと入れ替わりに、一時帰国した彼の様子を見て、平良は少し違和感を覚えた。元エイリア学園生徒で、南雲と涼野を迎えに来た、ネオジャパンの仲間である面々から離れて、遅れて到着口から出てきた亜風炉へと近付いていく。あまり荷物を持ちたがらない彼は今日も最小限のものしか手にしておらず、軽い足取りで気付いた平良の方へと歩んでいった。

「やあ、元気にしていたかい?」
「………………」
 片手を上げて軽い挨拶をする、その手を掴んだ平良は出迎えに来ていた厚石に声をかけて一足先に空港を後にした。亜風炉のことである、他の荷物は全て送って、トランクなどは預けていないことだろう。案の定荷物の心配はしない亜風炉は、黙ったままの平良へ勝手に話しかけていたが、乗り込んだタクシーの中では次第に口数も少なくなっていった。

 やがて辿り着いたのは世宇子の寮だった。てっきり世宇子のメンバーに挨拶させられると思っていた亜風炉は手を引かれるまま、予想外なことに自室までやってきてしまった。預かっていた合い鍵で扉を開いた平良は、ベッドに亜風炉を半分投げるように放った。そして着替えを渡すが、着替えようとしない亜風炉に半強制的に着せ、「寝ろ」とだけ言った。状況が呑み込みきれていない亜風炉は「まだ眠くない」と言って軽やかな笑みを浮かべたが、掛け布団を無理矢理かけられ、起き上がることはできなかった。平良は亜風炉がいない間に、律儀に布団を洗濯にだしてくれていたらしい。清潔な香りがする布団に、差し込んでくる日の光が反射していた。
 その日の光を遮らんとカーテンを閉めた平良は、部屋の電気までもを消した。昼過ぎの部屋は暗くなりきらずに、仄かな光がカーテンの間から差し込んでいたが、嘘のように静かだった。明瞭な頭で天井を見つめている間に平良の姿が見えなくなったことで、言いようのない不安に駆られた亜風炉が上半身を上げたところに、マグカップを持った平良がやって来た。

「こういうときはホットを持ってくるものじゃないのかい?」
「暑いだろ?それにお前は猫舌だしな」
 半分ほど入っているミルクを口にした亜風炉はそれを飲み干し、空になったカップを平良に手渡した。それを受け取った平良がテーブルに置き、再びベッドサイドへやって来るのを見つめている亜風炉は不思議な気分になった。昼時の暖かさは、布団をかぶると少々暑くも感じる。見つめてくる亜風炉の瞼に、手を乗せた平良はしばらくそうしていた。水で手を洗った後なのだろう。少しひんやりとした手が心地好くて亜風炉は大人しく微睡みに身を任せていった。

「ヘラ、負けてしまったよ」
 はっきりとしない意識の中、ぽつりとそんな事を言った亜風炉に平良はゆっくりと首肯した。

「見ていた」
「やっぱり円堂守は凄いね」
「ああ」
 ゆっくりと眠りへと落ちていく亜風炉に、それ以上の言葉をぶつけるでもなく、平良は長い睫毛が揺れる感触を手の平に感じた。やがて息遣いは寝息となる。すっかり同化してしまった体温。乗せていた手を離すと、少し憔悴している様子の寝顔がそこにはあった。自信を仮面にして取り繕う亜風炉の、その仮面の下に優しいキスをした平良は口許で「おやすみ」と囁くのだった。


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