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 こんな時間に外出すべきじゃなかったと後悔しても遅かった。源田とたわいない言い争い(というよりは一人でいきり立っていたのだが)をして、苛立ちのままにコンビニへ向かって歩き出したのだ。時刻は夜の一時を回ったところである。まだちらほらと帰宅途中の人間がいるものの、一本道を入れば視界一杯人影は全くなくなってしまう。中学生の、仮にも男子である自分が、そこまで危険なことはないと高をくくっていたが、コンビニへ向かう道の途中、川辺の近くの駐車場を入った所で、突然腕を掴まれた。
わざとらしく荒い足取りで歩いていたのが裏目に出たらしい。全く気配を感じ取れなかった。酒が入っているであろう中年男性が肉欲にまみれた瞳で見下ろしてくる。身売りをしている者とでも思われているのか、金額を言っては迫ってくる。予想外の力の強さと、気色の悪さに蒼白になった佐久間は身動きが取れなくなっていた。同じ人間かと思うほど気色が悪い。源田のものとは比べものにならないほど醜い手が伸びてくるのを、絶望的な瞳で見つめていた佐久間は、次の瞬間、それがはたき落とされるのを眼前で見送った。体を引かれ、男との距離をとったあと、彼は、源田は佐久間を後ろに隠すように間に入った。
 意味の分からぬ事をいい始める男を一睨みした源田は、見たこともないほど殺気立っていて、後ろに立つ佐久間ですら恐怖を感じた。いつも優しく、佐久間には決して怒らない源田の沸点を超えた所を、初めて目の当たりにしたのだ。

「早く行け」
 そんな一言で引いた男の判断は正しかっただろう。これ以上源田を怒らせると恐らく、とんでもないことになっていた。酒気すら引いたような相手が曲がり角に消えていくのを見送った佐久間は、自然と掴んでしまっていた源田の服を離して、申し訳なさそうに顔を落とした。今の源田は何だか恐い。一方的に文句を言って出てきた手前、何よりも呆れられるのが怖ろしかった。しかしいつもの柔和な表情に戻った源田は、向き直って真っ向から佐久間を抱き締めた。

「よかった、無事で」
 源田の、少しシャンプーの香りの残る温かさで現実感が戻ってきた佐久間は、今更僅かに震えだした。短く息をついて今傍にあるのが源田の体温だということを確認するように抱き返す。

「源田ごめん」
「え?何が?」
 あっけらかんと答える源田は、佐久間が謝る理由が完全に分からない様子だった。何だか色々とバカらしくなって、佐久間は自分の矜持が無駄なことのように思えた。そして背伸びをすると、源田の唇を軽く奪った。

「ありがとう」
 源田が、先程男を睨み付けて殺気立っていた人物だとは思えないほどだらしない表情をするのを眺めながら、お互い甘い、などと思考して佐久間は瞳を伏せた。


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