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 後ろを歩く相手がきちんとついてきているかが心配で、何度も振り返ってしまう。その度に少し俯いて、ひしめき合う人の波に戸惑う佐久間の姿が目に飛び込んでくる。絶景ポイントに入り、人の流れが一方向だけでなくなってくるといよいよ、はぐれてしまいそうで恐くなる。行き交う人の中、立ち止まって少し離れた相手を待つ。やがて傍らにまでやって来た佐久間の手を取って合わせる。すると驚いた様子の佐久間の顔が、屋店の光でも分かるほどに紅潮していった。きっと自分の顔も赤くなっているのだろうと、相手の手を引いて歩き出す。花火大会が始まるまであと十分だった。





 源田が花火大会に行こうと言い出したのは今朝の事だった。練習が始まる前、着替えを終えてフィールドへ向かう時、早足で近付いてきた相手が言い放った言葉に小首を傾げて、佐久間は頷いていた。彼はテレビでしか花火を見たことがなかったからだ。漠然と、源田が自分を誘ってくれたことが嬉しかったのかもしれない。先日、源田からの告白で恋人同士という関係になりはしたものの、それらしいことは何もしていない。これがデートなのかもしれない、などと思考しながら、現実感を失いつつその日の部活を終えた。夕方頃、部屋に迎えに来た源田に従って、電車に乗り込んだ。その花火大会が大きいものだと示すように、目的地に近付く毎、人の数は増えていった。都心からかなり離れた、大きな川の土手に、数え切れない程の人が集まり、日の落ちた空を眺めたり、言葉を交わしたり、期待に胸を膨らませていた。

「ここら辺でいいかな」

 繋いだ手が離され、生ぬるい風が汗ばんだ手の平に流れる。土手の茂みの一部に座り、川を挟んで橋を渡ってくる人の波を眺める。出店で買い込んだものを食したり、楽しげに会話をしたり、酒瓶を交わしたりする人々の声が重なっている。時刻を確認するためにジーンズのポケットに入っている携帯を取り出し、画面を見遣ったとき、人々の歓声と共に心臓を揺らす爆発音が響いた。一気に高鳴った鼓動を抑えるように、左胸に手を当てて、再び上がっていく光を眺めた。テレビで見るものとは全く違う。大輪が咲く度に、空気の流れに乗って振動が体を駆け抜けていくようだった。最初の方は一発一発ごとに心臓が驚いて、跳ね上がっていたが、次第に大音量にも衝撃にも慣れていき、数分毎に上がる作品の数々を楽しめるようになった。

「すごい」

 佐久間の呟きを聞き、相手を眺めた源田は目を細めて再びその手を取った。
空で爆発して心臓に直接響く花火。その残像が煙のように溶けていくもの、最後の光を放ってすぐに消失するもの、風の吹くまま、次第に流れ、空へとけ込んでいくもの、何も残さずに消えるもの、夜空の星になるようなもの、視界全てに一つの花火が咲き乱れて満点の星になりながらキラキラと消えていく、カラーボールが光り輝き広がるようなもの、四方に旅だって行くもの、三色が調和するもの、昼間のような明るさが空に広がるもの、咲いた後に星屑が無数に降り注いでくるようなもの、実に様々な光の芸術が目に飛び込んでは感動のまま、源田の手を握り返す。
 花火が打ち上がり、光が消失していくと、軌跡として、群青の空に雲のごとく浮かぶ煙が流れる。そして脳内にしばらく大爆発の音が残り、ガンガンと揺らしている。
 汗ばんだ手が心地好い。フィナーレに向かう花火がその量と大きさを増して人々を楽しませている。視界の限りに花開いた大量の花火の後、一際大きいものが輝き、散った花びらの先から再び光が強まる。最後の光が溶け込んでいくと、辺りから口笛や拍手が沸き起こった。
 群青色の空、そして雲となった煙を眺めている佐久間の手を引いて、源田は辺りの光を取り込んで輝く佐久間の瞳を真正面から見つめた。先程までの光景が幻想のように広がっては浮き足だった心が騒ぐ。真っ直ぐな相手の視線から逃れるように、会場を後にしようとする人々に従い、腰を浮かせた源田へ、上向きのまま唇を重ねた佐久間は、睫毛を揺らして恥じらった。

「ありがと」

 いっそもう、抱き締めて再び唇を奪い、彼は自分のものであると、幸福を叫びたい気分になりながら、源田は起こる眩暈に酔いしれていた。何度口にしても足りない。自分はこの、美しく、可愛らしい相手に心を奪われているのだ。熱い手の温もりを引きながら、再び源田は瞳を閉じた。


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