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こちらの番外篇です。


 源田は正直うんざりしていた。どうして次男である自分がこうも厳しく躾けられなければならないのか。他の家の次男は皆自由奔放に過ごし、色々な遊びに興じているのにも拘わらず、である。今回も父の公務の付き添いとして隣国への訪問をしていた。

「どうしてオレは」
 そう問う源田を、父は厳しく諫めるのである。
「男だったら天下を取る気でいろ。次男だからといって甘んじるな。兄を越えて有人様の騎士になる位の気概で学べ。」
 豪快な父はそう言っては無気力な源田に業を煮やすのだ。遊びたい時期を全て勉学やら公務の付き添いで奪われている源田は、父の目を盗んで与えられた部屋を抜け出した。長い廊下を隠れながら進んで、外を目指す。どうせならこの国の町が見てみたい。そんな思いだった。しかし初めて来た城で迷う羽目になった源田は、メイドやフットマンに道を聞くわけにもいかずに彷徨っていた。やがて白い光が差し込んできたのを認めた源田は洋々に、その方角へ歩いていった。果たして、源田が出た先は城外ではなく、裏庭のような所だった。中庭のように豪華な作りではないにせよ、白い花が多く植えてあり、密やかだが閑かな魅力があった。物珍しそうに庭園の中を歩いていくと、小さくうずくまっている影があった。よく聴くとしゃくり上げるような、控えめな泣き声が聞こえる。近付く源田の気配に気付いた相手はハッとして涙を拭った。

「きみ……」
 何かあったのかと聞こうとした言葉を、源田は呑み込んでしまった。立ち上がりこちらを見つめた相手に対してである。息を呑む魅力に何かが雪崩れ込んでくるのを感じた源田は、側に駆け寄った。驚いている様子の相手に名乗ったあと、泣いていた訳を聞くがそれには答えない。よく見ると頬が赤く晴れている。それに気付いた源田はハンカチを取り出すと、噴水の側、水道の綺麗な水にそれを浸し、冷やすと、相手の頬に充てた。
「だれに……」
「………………お母様は、わたしがおとこだとおこるの」

 鈴の鳴るような声で答えた相手は、少し気を許したようで、詰まりつつも言葉を続けた。
「でも……お父様は、おれがおんなだと、いやなかおをするんだ」
 支離滅裂のような言葉遣いをしているその子を、呆然と眺めた源田に、相手は縋るような瞳を向けてくる。

「あなたはわたしを、どっちだと思う」

 その言葉に、衝撃を受けたように押し黙った源田に、悲しい笑みを浮かべる。諦観しきっているような様子に、自分の情けなさを恥じた源田は言葉を絞り出す。
「きみは、どっちでいたいんだ」
 驚き、瞳を大きく開いた相手はその後ゆっくりと首を振った。源田は漠然と、この大きな城が相手を捕らえているのだと理解していた。小さな手をとり、握りしめると、意を決したように言い放った。
「今は無理だけどでも、」
 源田の真剣な表情に圧倒され、押し黙る。相手は縋るような瞳を止めなかった。

「いつか迎えに来るから」

 約束する。と言い切った源田に、どういう訳か安堵するのを抑えられなかった。この城から抜け出したいとも、逃れたいとも思ってはいないのに、迎えに来るという言葉が、心に響くのだ。
 コクリと頷いた相手を前に、源田は力が欲しいと思った。そして父の言葉を思い出す。
『次男だからといって甘んじるな。兄を越えて有人様の騎士になる位の気概で学べ。』
 そうだ、まずは従者の最高峰、王子の騎士になること、それが大前提。決意をした源田は以降、父も驚く程の意欲を持って勉学や武術を吸収し、半分冗談のようだった王子騎士という地位を得るのである。運命のような初恋の相手を迎えに行くことを、その時にもまだ願っていた源田を巻き込み、物語は展開していくのである。


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