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‘お前だってそうじゃないか!’

 彼は世界が全て喜劇であるかのように振る舞いながら嗤った。かつて、フィールドで見た姿は見る影もなく、佐久間を焦燥的にさせた。震える唇が何も紡げないのを良いことに、風丸は次々と残酷な言葉を吐いていく。

「俺はお前とは違う。そんな惰弱に、惨めに、地を這い蹲ったりなんてしない!自由だ、俺は今、誰よりも速く誰よりも強い!」

 そう言いながら、佐久間の三本目の足、松葉杖を蹴り飛ばした風丸は、ふらついて後方の塀へともたれ掛かる相手を優越感のまま見下ろしていた。佐久間は相変わらず何も言うことができなかった。呪縛に囚われ、全てを失いかけた自分に、力に酔いしれ、蛮行を働いた自分に、よもや言葉などあろうはずがなかった。力は甘美だ。心に隙間がある者にとってはなおのこと。ただ胸を締め付ける悲しみのみがかつての自分たちを想い、涙を流す。
 病院から僅か離れたこの道には人が全くおらず、異様な雰囲気をもって佐久間を支配していた。一対一、それも今は風丸こそがこの空間の支配者である。

「エイリア石の効果は知っているだろう?!お前のその不能な足も、すぐに治る!すぐに最速を、最強を手にすることができるんだ!」

 優雅な髪をはためかせて、艶めかしさと狂気が並行する中、風丸は手を差し伸べた。入らない力のまま、膝を折ってしまっている佐久間を、優しく包むような雰囲気の先、確かな異常性がそこにはある。背筋を凍らせて首を振るも、それは余りにも弱々しかった。

「佐久間、もう一度力を手にしよう。もどかしいんだろう?苦しいんだろう?お前だけが取り残されて置いて行かれて、楽しくサッカーなんて言っている奴らに劣等感を感じているんだろう?苦しいんだろう?」

 帝国学園に帰ってきて、一人だけサッカーをできない状態というのは確かに身を切るほどに苦しかった。サッカーがやりたい、その思いさえ果たせない佐久間の縋り付く先、手を伸ばしている男がいる。

「俺が救ってやるよ。一緒に来い佐久間、お前には資格がある」

 昔を思わせるような、あの優しい笑みを浮かべて、佐久間に手を伸ばす風丸こそ、佐久間に縋っているように思われる。しかし思考の回らない佐久間にはただ、そのかつての風丸の幻影しか映らなかった。大好きなあの笑顔。自分に向けられる手の平。形振り構わずに手を取ってしまいそうになる、危うい感覚。
 手の平を震わせていた佐久間から視線を逸らした風丸は、小さく舌打ちをすると立ち上がった。
「邪魔が入った……。どうせなら排除してやりたいが、……」
 不意に視線を戻した風丸はゆっくりと瞬きを繰り返した。

「また来る」
 別れを惜しむかのように佐久間の頬を撫でた風丸は反転して歩き出した。その後入れ替わりで現れたのは源田の姿だった。地に尻餅を付くように座り込んでいる相手に駆け寄って問いかけるが、佐久間の目には風丸の幻影しか映ることがなかった。


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