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 学校が休みの日、一日中練習していたサッカー部は、夕方からの激しさを増す練習に向けて休息を取っていた。外のコンビニへ行きたいと言い出した佐久間に付き合った源田は、少し段差になっている歩道の、高いところを歩いている佐久間を追った。突然早めていた足取りを緩めた佐久間は、何か思いついたように、目を輝かせていた。

「源田、影送りしようぜ」

 そう言って快活に笑った佐久間はいつも突拍子がない。帝国学園の外で、穏やかな空を眺めていた時突然そんなことを言い出した彼は源田の手を取って平らな地面を探した。コンクリート、砂場、兎に角影がはっきり見える所がいい。小さな手は愛らしく、そして弱々しく感じる。握り込んでしまわぬように気をつけながら返すと、少し立ち止まった佐久間が満足そうに笑った。
白に近い色のコンクリートが並ぶ所で、太陽に背を向けた佐久間は眼帯をとった。その際に離れた手の温度が恋しかったが、彼はすぐまた手を繋いだ。夕方ではあるが、まだ空は青い時分、影は充分に伸びている。眼帯をとった佐久間は益々女に見えてしまう。だから彼は人前でそれをとるのを嫌う。けれども自分の前だと躊躇しないことが、源田は嬉しかった。二つの大きな瞳が、長い睫毛に囲まれている。均整のとれた顔は見惚れてしまうほど美しいのに、身動きをとると‘可愛い’の方に印象が映る。手を繋いだままの影を、目が乾くのもお構いなしに瞬きをやめて見つめる佐久間が、ゆっくりと数を数える。

「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう」

 小学生の頃に戻ったように数え終わった佐久間と共に、視線を空へと移す。上手くいったようで、割とくっきりと空にシルエットが浮かび上がった。源田はすぐに佐久間の方を向いてしまったが、佐久間はじっと空を見つめたままだった。
次第に薄れ消えていく空の影を惜しむように、佐久間は僅か、悲しげな表情を浮かべた。

「俺たちは、」

 口を開いた佐久間が、色付いた唇を動かすのを鮮明に見た源田は、篭もる手の力を感じていた。

「ずっと一緒だよな」

 実に佐久間らしからぬ言葉だと、源田は思った。あの影のように儚く、手を繋いだ自分たちが消えていくのではないかという言いしれぬ不安、そんなものを佐久間は感じていた。

「ずっと隣にいるかは分からない」

 源田の言葉に、悲しげに眉をハの字にした佐久間は期待を裏切られたようだった。離れそうになる手を再度握って、源田は先を続けた。

「でも、俺はずっと、佐久間のことが好きだ」

 見る見る明るくなっていく顔に、源田も口許を綻ばせた。指の間に指を挟むような、がっちりした手の繋ぎ方をした二人は、交わっていく体温を心地好く思っていた。

「俺も源田のことを好きでいるから、変わらないな」
「ああ、変わらない」

 その影送りは心の中に二人のシルエットを永遠に刻みつける。空に浮かべる影の儚さはなくとも、何よりも充足して尊いものである。


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