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 俺と彼は別の舞台に立つ人間であると徹底的に思い知らされてきた。そうではないと否定すればするほどに足下を掬われて益々惨めになる。彼は笑む。まるで神話の中の神のように。初めは嫌悪しか湧かなかった。それが独占欲によるものに変わったのはいつからだったのだろうか。中学生の頃の一年というのは、凄まじい程の差であるがゆえ、俺は彼より一年も早く生まれてしまったことに後悔をしてしまっていた。無為の一年だったとは思いたくないのだ。

「神の存在を否定するつもりはないよ。けれど、勝手に人間が作った決まりだとか概念というものを、僕は時折、否定したくなるんだ」

 アフロディは頭がよかった。戦略をたてるのが誰よりも上手かったし、上級生の問題も少し考えたら全てサラサラと解いてしまう。何かにつけて考え込んでいる彼の脳内は無限の宇宙だ。覗いても俺には真っ暗闇しか映らない。

 卒業を迎える季節、俺は悲しいのか悲しくないのか分からなくなっていた。アフロディと出会い、共に過ごしていくなかで、俺の心には靄がかかって、どれが本当の感情なのか分からなくなってしまうことが多々あったのだ。最近では特に酷い。

 普段は同い年と代わらないような態度や口調にもかかわらず、門の前に立った彼は俺の胸元に花の飾りを付けながら「おめでとうございます、先輩」などと非常にわざとらしい言葉を放った。少し屈んで見える彼の睫毛が長く、光を吸って透き通っている。溶けそうな光の髪は、彼が万物に愛されていることを物語っているようにたゆたう。生きている人間じゃないみたい、と言われるのを聞いたことがあるが、成る程と思ってしまう雰囲気が彼にはあるのだ。

 俺に飾りを付け終わったアフロディは仕事をすっかり放棄すると、そのまま踵を返して教室に戻っていってしまった。その後ろ姿は雲の上を歩くようで、どこが現実なのか分からなくなる。

 送辞は無論彼の仕事で、答辞は俺の仕事だった。送辞を彼が読むことを見越して、俺はこの仕事を勝ち取れるように努力したのである。それは俺の中に最後に残っていた矜持だった。

 アフロディの送辞は聞く者を引き込ませるようなものだった。あるパターンに当てはめた形式的な言葉ではなく、確かにそれは、亜風炉照美としての彼の言葉だった。彼は手にしていた原稿に目を落とすことを一度もしなかった。最後まで、俺は彼に適わなかったのだ。

 卒業証書の筒とアルバムを持って、むせび泣く同級生たちから離れた俺は、校庭で帰ることを拒否するかのようにお喋りに夢中になっている連中を眺めているアフロディを見つけた。

「第二ボタンでもくれにきたのかい?」
「残念ながらもう売り切れた」
「それは本当に、残念だね」
 ふふ、と笑ったアフロディの本心を探すが、見つかるはずがなかった。俺は彼に敗北宣言をしなくてはならない気怠さに負けて、溜息を漏らしてしまった。改めて彼の目の前に立つと、その優しいのにどこか鋭い視線を受けながら唾を飲む。準備は整ってしまった。

「俺は、お前が好きだ」
 付き合ってくれ、などと言うつもりも考えもなかった。ただの、贖罪のようなものだった。お前が好きで、目で追いかけていた。嫉妬していた。尊敬していた。色んな感情に流された。幸せだった。ありがとう、そんな、感謝の言葉だった。それなのに、いつも通りふわりと微笑み、アフロディは「うん」と頷いた。

「僕も、君が好きだよ」
 酷い冗談だ。そう言おうと思った唇が塞がれて、俺はようやく現実を捕まえた。

「君が好きだよ」
 もう一度言い放ったアフロディの言葉に、初めて涙腺が緩んだ。
 ああ、卒業なんてしたくない。


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