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 その音域、声質、それらに佐久間は参ってしまう。口調に息の使い方、言葉の選び方は違うと分かる。それでも、愛する人と酷似している声で囁かれればもう、心が跳ねるのはどうしようもなかった。

 加えて愛する源田は遠く、海の向こう。もうどの位会えず、声さえ聞けない時期を過ごしただろうか。佐久間の源田を渇望する本心が、どうしてもマーク・クルーガーを拒絶できなかった。

 はっきりと、想う相手がいると伝えでも、異文化ゆえか押しの極めて強いマークは、それでもと会いに来る。もともとそういうタイプではないと感じていた分、内面に強情さが垣間見えて佐久間はさらに困り果てる。

「美味しいスイーツをだす店があるんだ」
いこう、佐久間。その言葉に、自然と体が従ってしまう。手を引かれながら足を踏み入れるアメリカエリアで、有名人のマークは殊更目を引く。皆の挨拶に応えつつも、怖じけることなく、慣れた様子でかわしていくマークに、改めて彼との隔壁を感じる。

 多くの人の視線をかいくぐり、やってきた目的地でも声をかけられる。サービスをしてくれた店員はウインクと共に、「うまくやれよ!」などと耳打ちしていた。

 店の一角、さすがに外のラウンジで公共の目に晒されながら食すのは勘弁だと、中のテーブル席につく。店内には甘い香りが充満し、それだけで遠慮したくなるほどだった。

 木製のテーブルに、透明のビニールのクロスがかかっており、そこにカラフルにコーディネートされたケーキが運ばれる。色とりどりのクリームやアイスが乗った、おもちゃのようなお菓子だった。怯みながらも、自らが食べ始め、佐久間が口にするのを待っているマークに後押しされて口に含む。砂糖菓子の、いや佐久間が認識しているそれ以上の甘さが広がり、瞬間眉間にしわが寄る。しかし、案外食べられない訳ではなく。

「美味いだろ?」
 満面の笑みで口にするその言葉、声色に、口の中が一層あまくなった。全く違う顔立ち、それでも、反射的に頷く。次いで自分のフォークを差し出すマーク、思わず差し出された一口を口に含む、間違い。笑顔を向けられながら、佐久間は頭を抱える。ああ甘い、甘すぎる。


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