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 次郎を守るのが使命であると感じながら生きてきた幾年、その役目を奪われることを何より嫌う一郎は次郎の恋人と相成った(もっとも、一郎はその事実を断じて認めてはいなかったが)源田幸次郎の存在に殺意に近いものすら感じていた。

 泣きながら自分のあとをついてきた、あの可愛い弟の姿を今でも鮮明に思い起こすことができる。あんなに小さかった次郎がここまでの成長を遂げることができ、純真なまま、世間の卑しい目から逃れるように生きてこられたのは喜ばしいことだし、自分もそれに誠心誠意貢献してきたつもりである。

 つまるところ一郎の生き甲斐は次郎であり、次郎に背中を押されて決意した寮生活の最中でも、愛する弟のことを常に心にかけ、忘れることなどありえなかった。出身校である帝国学園にならば次郎を入学させ、自分は離れた寮生活をすることを許諾した。帝国学園ならば、未だ残っているコネで、次郎の様子を事細かに知ることができるからである。

 サッカーに夢中になり、帝国に入ってからの次郎が自分との距離を取り始めたことに危機感を覚えてはいたが、年頃の男子のことだと容認していた、のがそもそもの敗因だった。いつの間にか次郎は事もあろうに源田家の次男坊と、恋人関係にまで発展していたらしい。友人、あまつさえ親友などという部類に属することも許し難いのに、恋人だなどと、怖ろしくて声も出ない。

 久々に顔を合わせた次郎は全く悪びれる様子もなく、源田幸次郎との交際を認めた。その事実に目眩を感じながら、注文した料理を口へ運ぶ次郎を睨み付ける。しかし可愛い弟の食事姿に表情はすぐに緩んだ。

「よりによって、なんでヤツなんだ」
「兄さんは誰であろうと許さないだろう?」
「当たり前だ!だが、だからといって……アレは遺伝子的に質がわるい」
「そっか、源田と佐久間は遺伝子が引き合うんだな」
「合わない!」
「デザート頼んでいい?」
 次郎の呼んだ店員にコーヒーを注ぐよう指示する。前のめりになりながら次郎に再度、あいつだけは止めておけ、と諭す。しかし聞く耳など持つはずがなかった。この可愛い弟は強情で、頑固な部分があるのだ。

「源田とは、ずっとそばにいたいと思う」
「どうして、お前には俺が「兄さん、そうじゃないんだ」」
 分かりきっていたのだ、いつか、自分の役目が終わること、自分に代わる誰かが次郎を守り、また、今度は次郎が誰かを守っていく日が来るのだと。それでも、余りに早すぎる。自分はまだ、次郎を甘やかしたい。そばに置きたい。自分だけを見てほしい。聞き分けのいい、優しい兄でいたいと夢みても、現実では口内に苦いものを感じたまま言葉を失ってしまっている。

「俺は源田が好きだ。この気持ちに恥じることも、背くこともできない」
 きっぱりと言い放った次郎は自分よりずっと大人に見えた。伝票を置いたまま、これから源田と出掛けるからと去っていく弟の後ろ姿を見送りながら、おもむろに携帯を取り出していた。机に突っ伏したまま、着信履歴の一番上の人物にコールする。たった一回のコールで出た暇人は上擦った声で「一郎か!?」と問うてくる。どうせ着信音を特別なものにしているだろうに、白々しい。

「お前から電話なんて俺は「北口のファミレスに来い、今すぐにだ」
 それだけ告げ、相手の言葉を待たずに電話を切った。たとえアルバイトの真っ最中だろうと、ヤツは駆け付けるに違いない。
 弱っている時、真っ先に浮かんだのがヤツ、源田幸一郎の顔だったことの理由に、奴に弟の不始末を糾弾するためだと言い訳がましいことを付属させながら、弟の晴れやかな表情を思い出していた。


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