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 足りない部分を補い合うというのはそんなに悪いことだとは思わない。そう言い放つと、奴は不機嫌そうな顔でこう答える。「お前が欲しがってるのは、寂しさを埋める代用品だ」俺は、悔しいが不動のような多角的な考え方はできない。帝国のサッカー部を向上させていくには、などと言い返す俺に、不動はまた一つ溜め息を落とす。お前の言う感情論は、お前の目に見えている世界のものだろう。その言葉を口にしなかったのは、相手との距離を未だに測りかねた俺の、弱さだったのだろう。



 FFIが閉会したあと、不動は帝国に入学した。元々真・帝国学園に学籍をおいていた不動は、それの崩壊後、国に何の申請もなく過ごしていたらしい。FFI開幕中は学科が免除されていたものの、それが終了するとなれば話は別だ。新たに中学校へ通わなくてはならない中、不動のサッカー技術に目を付けた帝国側が彼をスカウトした。異例ではあるものの、世界大会を勝ち抜いた実績が買われ、かつ国からの援助もあって、帝国学園の学生寮に入ることができたのだ。帝国に打診をしたのは何を隠そう、当時サッカー部を預かっていた佐久間その人であった。
「帝国に来ないか?」という誘いに不動が乗るかどうかは分かりかねたものの、相手は少し思案した後に「しかたねえな」と二つ返事で承諾したのである。それが佐久間には意外であった。世界大会で親しくなったとはいえ、肝心な部分では心を開かないのが不動明王という男なのである。
ともあれ、元々寮で生活していた佐久間は不動の帝国入学を一番近い場所でサポートした。不動が加入したサッカー部は飛躍的に伸びた。目論見通り、とまでは言わないものの、蟠りも次第に溶け、仲間意識を芽生えさせていく仲間を、佐久間は満足そうに眺めていた。
それでも、相変わらず不動は一つ強固な壁で佐久間を寄せ付けなかった。佐久間にはそれが何とも不快である。越えられない壁を前にしながら、触れられない相手に伸ばした手が冷たい空気を掠めるだけなのである。
いつかの言い争いを思い出しながら佐久間は呆然と練習風景を眺める。ベンチから眺めるフォーメーションは完璧で、その中心には不動がいる。指示は最短で的確で無駄がない。規律のとれたサッカーは、目指していた帝国のサッカー、なのだろう。
ホイッスルが鳴り、練習が終了する。挨拶が終わり引き上げていく仲間たちから離れ、一人ベンチに戻る不動を追った佐久間は、相手をジッと見下ろしていた。
「何か用か」
衝動的に来てしまった手前、答えに詰まって佐久間は押し黙る。視線を上げることなく、足のサポーターを外した不動は靴を履き直している。
「不動は、どうして帝国にきたんだ?」
「ハァ?」
ここにきて初めて視線を上げた不動は頓狂な声を上げた。
「お前が一人で帰るのは寂しいって泣きついたんだろうが」
論点をずらすような言葉を鵜呑みにしながら、佐久間は考え込む。その末、不動を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「不動は優しいよな」
一瞬だけ驚いた不動は、眉をひそめている。それが照れ隠しであること位は佐久間にも分かった。
「つくづくバカだな、お前は」
「代用品だって、どういう意味なんだ?」
掘り返した疑問を改めて口にすると、あの、壁を隔てた表情を不動はした。
「バカには、直接言葉にしないと分からない」
煽るように言い放つと、不動は鋭い視線を真っ直ぐ向けてきた。
「お前が求めているのは、鬼動の代用品だ」
今度は佐久間が驚く番だった。みるみる怒りを含んでいく表情に呆気にとられた不動は、相手が振りかざす手を避けるのを忘れた。頬に痛みを感じた頃には、自分が何をされたのかを理解できた。
「バカはお前だ!お前は、俺たちのサッカーまでバカにした!俺は、お前が中心にあるサッカーが好きだ。お前がするゲームメイクに惚れたんだ!」
虚しさが溢れると共に、言葉がうまく出なくなる。涙が落ちそうになるのをこらえながら、感傷的になりすぎる自分に整理がつかなかった。不動のゲームメイクが好きだ。それは鬼動のものとは質が違う。確かに考察の仕方、頭のキレ、あらゆる部分で不動は鬼動と似通っている。だがしかし、それゆえに正反対だ。
「俺がいつ、お前に頼んだ!いつ、お前を否定した!」
名誉毀損もいいところである。相変わらず呆気にとられている不動は、佐久間をまじまじと見つめることしかできない。
「頭がいい分、お前はバカだ」
弱々しく言い放った後、佐久間の唇は不動の唇を塞いでいた。触れるだけのそれは体温を分かつ間もなく離れていく。
踵を返そうとした佐久間の手首を、不動は掴んでいた。容赦ない力で引かれて、景色が反転する。硬いベンチに背中を打ちつけ、見上げた間近に不動の顔を見つめる。ベンチの上に押し倒された状態の佐久間は、相手からの口付けを避けることをしなかった。歯の間をすり抜けてくる舌に応え、相手の肩に手を回す。少しだけ離れた唇が、また重なる。その合間、僅か認めた相手の顔が、どこか泣き出しそうに見えたのは、思い違いではなさそうだった。


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