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「佐久間!、、さん!」
 取って付けたような敬称で名前を呼んだチビを見つけ、佐久間は教室移動の足を止めた。最近一軍に繰り上がった彼はどういうわけか、佐久間に異様に懐いている。

「何だ?」
「だって一年の教室の前の廊下にいたら佐久間、さん見つけちゃったんすもん、レアじゃないですかレア!」
「おい成神、俺もいるぞ」
「俺は佐久間、さんに会いたかったんす」
 ちらりと隣の辺見をいちべつしたあと、すぐ佐久間に向き合った成神が、何の授業ですか?何してるんですか?などと質問攻めをしている。辺見には勢い良く振られる尻尾と、ピンと立った耳が見えた。

「成神、」
 佐久間の手が成神の頭に乗る。撫でられる形になり、ようやく大人しくなった成神は、佐久間に微笑まれ、つられて笑顔を浮かべている。

「そんなにお喋りしたいなら、昼飯、一緒に食うか?」
「えっ?いいんすか!」
「洞面も連れて二人で来い」
「やったー!」
 素直に喜ぶ成神の表情に、かわいげはあるんだよなぁ、と感慨深くなっていると、チャイムが鳴り響いた。駆け足になりながら授業へ向かう。成神は相変わらず、幸せそうに見送っていた。



 ジャンケンで敗北した辺見は罰ゲームとして皆のドリンクを買いに走っている。中でも質が悪いのが佐久間の注文で、そのドリンクはひとけのない裏校舎の自動販売機まで行かないと手に入らない。不運さよりも傍若無人な佐久間に嘆息しながら、ようやく着いた自動販売機で目的のものを買う。

 その時、不審なうめき声が聞こえ、いやな予感と共にそちらを覗き込む。いっそ幽霊がいてくれた方がよかったかもしれない。だがそこに転がっているのは紛れもなく数名の帝国生である。最後のひとりを片付けたらしい成神は、あっけらかんと「あ、辺見」と声を上げた。そしてだいぶ後に、「さん」と付け加える。

「これ、どうした」
「ちょっと、佐久間さんで下世話なこと妄想したりあまつさえ手を出しからなかったので」
笑顔でまくしたてる成神は、軽々と倒れている幾人かを踏みつけながらやってくる。死屍累々の有り様に特段驚きもしない辺見に、成神は「驚かないんですか?」と小首を傾げた。

「俺はお前みたいに猫被って実際は裏で暗躍してる奴を身近に知ってるからな」
「誰ですか?」
 辺見は死屍に向けていた視線を細め、口角を上げた。

「佐久間だよ」

 鬼道の批判をする者を、佐久間は決して許さない。そういう小さな綻びが、ひいては帝国サッカーの瑕瑾となる。
どんな反応で返すか楽しみにしていた辺見の目には、恍惚と頬を染めている成神がうつり、思わず瞠目してしまう。

「佐久間さんと、同じ……」
 心から幸せそうな成神を促し、昼食へ向かう。ここにいるとどんどん、自分のなかの常識や良識が失われていく、と嘆息しながら。


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