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 制服の学生を見ると懐かしいと感傷に浸り、思い出話に花が咲き、サークルに入れば連日呑み会のお誘いメール、休み時間ともなれば喫煙所には人が集まり、女子のおしゃれは留まることを知らない。レポートの提出日には目の下のクマが風物詩だったし、居酒屋でバイトをしている者達の苦労話を聞き流さなければならない。正直最初の内は九〇分の授業に退屈をしたし、うっかりとってしまった授業内容に興味がないと地獄である。単位管理も高校とは比べものにならないほど面倒臭いし、自由と不自由が表裏一体だ。
エリート校をストレートで進み、その偏差値を保った者が進学する大学は付属でなくても大抵かぶってくる。キャンパスライフに慣れるのが早かったのは進んだ大学に帝国学園で見知った顔が割合多かったのもあったのだろう。

 都内とはいえ、自宅から向かうと無駄に乗り換えが多い。十分足らずで乗り換え、乗り換え、で交通の便が悪いことを理由に佐久間はキャンバス近くの学生寮に入ることになった。しかしその時に有無を言わせず自分が借りている別のマンションの部屋に引っ張り込んだのが源田である。どうせ二人用ならば見知った顔がいいなどと宣った彼の部屋は成る程大きかった。

 結局シェアすることになったのは、佐久間の心が源田に傾いていたこともあるだろう。何年も一緒にいた相手が急に気になり始めるという戸惑いを抱えながら、佐久間は大人びた源田との生活を享受していた。中学生の頃は友人として、高校もその延長上で付き合っていたが、その中頃になって急に源田の存在が大きく感じられるようになった。きっかけを思い出そうとするも、そこまで大事件があった訳でもないので上手くは行かない。ただ、今まで見落としていたものを唐突に思い出したように、佐久間は源田に好意を寄せていた。


 美丈夫という出で立ちの源田は無論手放しで女にもてた。サークルに夢中ではあるものの、高校などとは違って出会いに満ちあふれたキャンパスでは、佐久間の心労も募るばかりである。いっそ割り切ってこのまま想いを秘めていようと頭では思考していても、心はそれに伴わない。呑み会などで「こいつはお前のことが好きなんだよ」と第三者が源田へ告白をし、渦中の女性がまんざらでもなく頬を赤らめて源田を見るのも、周りが囃し立てて上手く行くように手出しをする様も、内心面白くないだろうに笑顔でそれを隠す他の女も気にくわない。ゆえに佐久間は呑み会などに余り顔を出さなくなった。

「今日も来ないのか?」
「酒はそんなに好きじゃないし、飲んべえの分まで払ってやる義理はない」
 割り勘と酒嫌いを理由に何かと誘ってくる(恐らくまた誰かに誘うようにお願いされたのだろう)源田にこのような呟きを残しながら、佐久間はソファーに寝ころんだまま本の文字を追う作業に戻る。このようなやり取りをするのは、この部屋において恒例になりつつあった。




 素振りから推測するに、源田が誰かと付き合っているということはないだろうが、外泊をする日もあるにはあった。大抵は他の大学へ進学したメンバーの家で呑んでいるだとか、同じサークルの男連中の家に引っ張り込まれただとか、そういうのだ。源田は外泊をするときには必ず佐久間に連絡を入れる。佐久間自身は昔なじみの所へ泊まる機会はあるものの、ほとんど外泊をしなかった。新たに人間関係を広げるのが億劫だった面もある。

 哲学やら経済学の難しい書物を課題として読みながら付箋を挟んでいると、鍵が開く音がした。前期授業終了の時期である。源田のとっている授業の打ち上げがあったらしい。案の定酒の匂いを漂わせながら源田はリビングに資料を広げている佐久間を見下ろした。

「その授業は終わったんじゃないか?」
「いや、明日までにこれを提出して終わりだ。……酒臭いからさっさと風呂に入ってこい」
「何を読んでいるんだ?」
 本のカバーを外して見せてやる。源田は佐久間の指示を受けずにその隣に座った。ソファーが重みを受けて軋む。興味があるのかないのか、源田は文字を読み上げ、中のページをパラパラと捲ると、目頭を押さえた。

「飲み過ぎた」
「珍しい」
「成神が来てたんだよ」
「なんでアイツが」
「知り合いが知り合いで」
「徹夜で呑み会なんて、無謀なことをするからそうなる」
「佐久間もそうならないようにな」
「生憎、俺はコレで最終チェック終了だ」

 足を組み替えた佐久間に、陽気そうな微笑みを見せた源田はソファーの背もたれにもたれ掛かりながら、溜息を漏らした。源田は酔っている。前後不覚に近い。酔いどれているのを正常な状態に見せるのはポーカーフェイスの源田の得意とするところだ。ゆえにどんどん呑まされることが多い。しかし上手く断ることもできる源田がここまで酔っているのは珍しい。佐久間は横目で窺いつつ唇を開いた。

「今日も誰かに言い寄られたのか?」
「何だ、唐突に」
「恒例行事じゃないか」
 源田がおぼつかない様子で腕時計を外しに掛かった。それを机の上に軽く放ると、再び背もたれに背を預け、源田は口を開いた。

「女ってよく分からないな」
「付き合ってみれば、分かるんじゃないか」

 口に出してからしまったと思った。今更前言撤回できない佐久間は唇を噛みながら源田の返しを待った。重い静寂が流れ、くつくつと控えめな笑い声が隣で上がった。

「嫌だなァ……佐久間以外と付き合うのは」
「……………は?」
「ダメだ、一眠りしてくる。どうも頭が冴えない」
 腰を上げた源田は途中で鞄を拾い上げながら、のろのろと自室へ向かう。聞き返そうにも佐久間にはそれができなかった。バタンと扉が閉まる音がしたのをきっかけに、彼は辺りに残っている酒の匂いに、火を付けたように顔が赤くなるのを感じた。
 取り敢えず一眠りして忘れたなどと言った日には殴ってやろうと考えながら、膝を抱えて顔を伏せた。


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