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 自分とは違う世界を写しているのであろう瞳はいつでもキラキラと輝いて、その色を深く見せている。

 源田の世界は平坦で淡々とし、色彩少なくどこか、幻想を孕んでいる。日本的画風に描かれる世界はただただ静かに、波立つことなく浮かんでは消えていく。芸術鑑賞に興味の薄い彼は無感動に景色を一望すると、肉食獣の瞳を隠れている敵に向けるのである。鋭い眼光は一直線に対象を捉え、狩りを生業とするかのように源田は等しく世界を敵視していた。している、ではないのは、昨今彼の世界に出現した、敵と分類することのできない対象のせいである。

 源田と鬼道には似通った点がある。佐久間は鬼道にまったく違うものを見、源田は佐久間にまったく違うものを見る。鬼道はまた違う対象に影響される。佐久間が鬼道によって新たな世界を見出したように、源田にとって世界の開拓は鬼道ではなく佐久間によって行われた。

 源田とは似て非なる純粋を介して佐久間が見つめる世界は色鮮やかで、流動的な美はいつも新しい刺激に輝いている。その純粋こそ源田には眩しい。

 源田の純粋さには狂気があった。獲物の首を掻ききって辺りを赤く染め、自らな腹を満たすようなそれである。しかし美しい世界を美しいと真っ向から言い放つことのできる、佐久間の直向きさとは異なっている。

 源田には佐久間が眩しい。その首筋に歯を突き立てたい衝動が彼を襲うたび、抵抗せず受け入れそうな佐久間が眩しい。



 佐久間には何事かを注視する癖があった。それは概ね日常生活で表れる癖である。空ないし地面をジッと見つめる行為に気付いたのは共にいる時間が二人の背徳を帯びる関係が出来上がった頃からであった。

 源田は当初、自分の中に渦巻く感情の要因が解らず、苛立ちを覚えていた。その苛立ちやら、どこから来るのか解らぬ衝動だかに突き動かされ、結果抑制の糸を失って佐久間に混沌としたままの感情をぶつけた。佐久間がその思いに答えたのは驚きであったが、源田の中にまず一つの解が生まれた。佐久間はおおよそ、源田の概念を飛び越えているのだと。

 半ば混乱状態で今の関係になり、ようやっと源田は佐久間に惹かれた理由を掴んできたのである。佐久間の隻眼に写る世界を見つめて思考は転化する。果たして自分は、この別世界を知って何がしたいというのだろうか。佐久間の世界を支配したいのか、その一部になりたいのかそれとも、同化したいのか。
ただ、はっきりと根底にあって揺るがないものがある。

 視線に気付いた佐久間は鈍色の空から目を流すように源田へ向けた。普段の彼からは想像できないような艶めかしさがそこにはあった。源田の姿を正面に捉えた佐久間は、いつもの笑みを浮かべる。あの、屈託のない笑みであった。

「源田」

 小さな唇が噛みしめるように言い放つ言葉が、自分を表す単語であることに恍惚に似た喜びが浮かぶ。それでも、相も変わらずの無表情を気にする訳でもなく、佐久間は伸ばした指先を源田のそれに絡める。

「帰ろう」

 先導し、源田の一歩を促した佐久間ははにかみ、指を握った。
 不意に鼻の奥がツンとすることがある。それを味わいながら、源田はその手を引き、相手を後方から抱き締めていた。

「変なやつ」

 楽しむように言い放つ佐久間を、いつ何時も源田は強過ぎる両腕の力を抑えて慈しむ。
揺るぎないのは、源田が実感として初めて、誰かを護りたいと感じている事実である。


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