今すぐ理解をしろと訴える




‘ごめん’
その一言で終わるはずの事柄が今日はなぜかそうはいかなかった。

 はね除けられ、傷つく恐怖に怯えながら自分の気持ちを披瀝する人間は大概、恐れていた事態に直面したときにはその動揺を見せまいと逃亡するか、もしくは事実を嚥下し、更に自分の傷になりそうなこんな言葉は、出すはずがないのだ。しかしながらこの相手は瞳を揺らすこともせずに真っ直ぐ、変動しない声で言い退けるのだ。
‘どうして’

 時間がないだとか、面倒事が嫌いだとか、そういうことだったのかもしれない。最初から俺はサッカーに夢中で、その仲間達との交友関係とサッカー自体に全ての時間をかけたいと思っていた。それゆえに相手の告白を拒絶したのである。人を好きになることは即ち時間の消費に繋がると言うことを俺は知っていた。だからこそ目まぐるしく変化し成長を続けるこの青春期をサッカーに捧げるために、好きになることを止めた。付き合う、なんてことをしてもし俺が相手を好きになってしまったらどうしてくれる、そんな思いだった。いつの間にか断ることに慣れた俺は、相手の告白を断るその確かな理由というものを見失っていた。そこで改めて放たれたこんな質問に頭の回転もそこそこに俺はこんな言葉で返していた。
‘好きな奴がいるから’

 自身で耳を疑った。なぜこんな言葉が出てしまったのか、理解ができなかった。いつの間にか逸らしていた視線を戻して相手を見る、するとあの、動かない表情がそのまま面皮に張り付いていた。錯乱したまま自分自身も動いていないであろう顔を意識する。おおよそ愛の告白劇を繰り広げている雰囲気でも二人でもない。

‘どんな?’
 再び耳を疑う。ここまで食い下がるとは思ってもみなかった。冷や汗を流す間もなく、俺は口を閉じていた。意識の外から、もしくは内側から俺は俺自身に操られているのである。パステル色に見える世界の優しさの中で、俺たちは相変わらず異質である。相手の視線に耐えきれなくなった俺は瞳を伏せて心の在処を探すべく旅立っていた。好きな相手。あれほど嫌だと思っていた時間の浪費、その対象を俺はいつの間にか作っていたのだろうか。相変わらず行方知らずの心情は焦燥と化して俺を嘖んでいた。

‘誰?’
 痺れを切らしたらしい相手は更に歯を突き立ててくる。ここで抵抗もせずに思考の波を泳ぎ続ける俺は残像にまみれた視界にぼんやりと誰かが映るのを感じた。俺が懸想している相手、それを思い出す、だなんて不可思議な行為。そういえば俺はいつも、こいつのことを最優先にして、その奇行やら独特な世界観に夢中になり心配することも変な心配をされることもひたすら心地好くて仕方ないのだ。今ではシーンを交えてハッキリと浮かんでいた顔に、愕然とする暇もなく、俺は平然と眼前の相手に宣っていた。

「佐久間、……佐久間次郎だ」

 初めて無表情が崩れて、相手が見せたのはひたすら理知的な、シニカルな笑みであった。

「気付くのが遅い」

 今日も彼は、佐久間次郎は美しく、我が道を進み続けている。



2010/5/4 Tue 23:19