フルーツキス



 苺をそこまで甘いと感じたことはない。むしろショートケーキについているものは、生クリームの甘さに苺自体の甘みが押し込まれ、より酸っぱく感じてそんなに好きではなかった。いくら甘さ控えめの生クリームでも、甘いことに変わりないのだ。曇りのない銀フォークを突き立て、切り取り、一口大のそれを口に含む。内部に入り込んでいる物は仕方ないとして、上に乗っている苺を残し、その周りを食していく。倒れないように、まるで、そんなゲーム。

 唇についたクリームを舌で舐めとれば、眼前の相手が呆然とこちらを見詰めている事実に気が付く。お前はほとほと変わり者だ。どうして俺なんかに欲情できるのか、理解できない。引く手数多の色男の癖になぜか俺に想いを寄せてくる。お前だったら、性格も顔も頭もいい最上級の女子と縁が結ばれることもあるだろうに。どういう訳かそういった対象には目もくれない。

「美味いか?」
「ああ」
 有名店の一押しで、一日限定三〇個とかいうケーキなら旨いに決まっているのに、相手は幸せそうな笑みを浮かべていた。食しているのは、俺の方なのだが。

「お前は、いいのか」
「佐久間に、食べさせてやりたくて取っておいた物だから」
 小ホールで売られているそれを、貰ったとか、そういった口実だっただろうか。俺は仲の良い友人として、その好意に甘えてこの部屋に来たのだ。一気に食べにくくなって、苺周辺を残してフォークを置く。透明のコップで黒茶の波が揺れていた。

「どうした?」
 不思議そうなその瞳を、烏龍茶を呑むことによってかわした俺は、その苦みでリセットされた口内を意識した。

「源田」
「何だ?」
 再び手にしたフォークは若干冷えていた。それを真っ赤な苺に突き立てて口に含む。歯で傷をつけないように気をつけながら。

「佐久間……」
 続きを封じるように口先の苺を奴のそこに押し当てた。呆然としている口許にねじ込めば、前歯同士で押しつけられた苺が潰れ、その果汁が二人の口内を濡らした。上手くいかずに口端から流れ出た赤色の汁が、(身を乗り出して背の高い相手に向かっていることから)ゆっくりと首筋を伝っていった。気付いたときには引き寄せられていた。苺はもう原形を留めていない。ただ鼻を通るあの独特な甘味だけは鮮明だった。



2009/11/3 Tue 23:13