愛をください!!




「クラスの奴の話なんだが」
 学校が休みの日、午前中一杯の練習を終えて心地よい疲労感の元、自室に押し入り雑誌のバックナンバーを読みふけっている恋人に話しかける源田。しかし目を落としたまま無反応の相手が、きちんと聞いているのかは定かではない。

「彼女が自転車の二人乗りを嫌だと言ったそうだ。どうしてかと聞いたら『汗臭いの嫌でしょ?』と返され、余りの可愛さに彼女を抱きしめていたんだ」
「麦茶切れた。氷溶けたから一回この水捨ててきて」
 ベッドサイドに背を預け、その横に雑誌を積み重ねた状態の佐久間が結露しているコップを源田に押しつける。視線はあくまで雑誌に落とされていた。

 つきたい溜息を堪えながら備え付けの流しに溶けた氷の水を流し、冷蔵庫から取り出した麦茶を注ぐ。勿論新しい氷も忘れずに。

「よくいるよな、バカップル。この前なんて歩きながら女の尻や胸触ってる男がいたぞ」
「雑誌、もうないのか?」
 雑誌を入れておく棚を探し出した佐久間。そこに目的のものがないと分かると、今読んでいた分を戻し、その横の本棚から漫画を取り出す。

「違う奴のことだけど『大好き大好き大好き』って彼女が連呼してたんだ。どうしてだと思う?」
「…………」
「病気で死んでしまう彼氏、なドラマを観て、『あと何回言えるか分かんないから沢山言うの』だってさ」
「あれ、こいつ死んでたっけ?」
 漫画を見ながら小首を傾げた佐久間が読んでいる巻の前を取り上げる。源田は遂に尊大な溜息を漏らしてしまう。

「どこも付き合い始めはバカップルになりがちなのに、俺たちは何で最初から時が経った今でもこう……」
「要するにお前は」
 漫画から顔を上げた佐久間が源田を見詰めながら無表情のまま言い放つ。

「今更俺に汗の臭いを気にしたり年中発情したり馬鹿みたいに軽々しく愛を囁いて欲しいのか」
「そういう訳じゃ、ないが」
「興ざめだな。俺は一緒にいるだけでいいのに」
 目を見開いてその言葉を反芻する。聞き間違えではないのだろうが、佐久間は余りにも平然とした顔で漫画に目を戻してしまった。

「佐久間、今のもう一度」
「練習後の休日にわざわざお前の部屋に来てやっている意味を考えろ馬鹿」
 相変わらずの無表情にうんざりしたような声色。それでも源田は脳内でいいように解釈する。

「そうか!」
 嬉しそうに抱きついてくる源田に佐久間は止めの一言を放つ。

「というわけで、俺がよりよく過ごせるために購買でアイス買ってきてくれないか」
 この発言を疑問に思い始めたのは、購買で佐久間ご所望の一番高いアイスを買って部屋に戻る途中だった。




2009/5/21 Thu 01:15