ささやかな成仏に敵意を添える/真源佐




 こちらの眠りを妨げるほどに、喧しく吹き荒れる風に両の目を開き、佐久間は鈍痛の走る体を叱咤しながら上半身起こした。薄暗いここがどこであるかなんて最早どうでもいいことなのに。鈍い脳や体は素早く行動することを拒否している。耳鳴りがしそうな静寂は、暖房器具さえ声を潜めて作り上げられていたのに、今や静かな轟音が窓をしきりに叩いている。

 布団の中に入っていた足を一つずつ抜き去り、ベッドから降り立てば、充分に空調管理されてはいるものの、一糸まとわぬその身は肌寒さを感じていた。

 びゅおおおお、と凄まじい音を上げながら風は容赦なく吹き荒れ、その威烈たるや底冷えすら覚えるほどであった。備え付けの簡易ベランダに出るための、ガラス張りのドア、室内とそれを遮断しているカーテンを開けば冷気がジワリと襲いかかってきた。冷蔵庫を開けたような感覚に似ている。それでも広がるのは茫洋とした視界の限りの海洋で。夜の海はその存在ごと魔物のようだ。この腕の中にお帰りなさい、とでも言うかのように大きく手を広げて、ひたすら人の本能を刺激する。

 がたがたと揺れる扉の施錠を解いて思い切り開けば、猛風が一気に駆け込んできた。身を切るような冷たさに反応して全身に鳥肌が立った。その事に半ば陰鬱としながらも佐久間は扉とベランダ(その先に構える海)との間に立ちつくして、延々どんよりとしている空と海の織りなす病的な風景を無心で眺めた。

 佐久間の髪が外の世界から逃げまどおうとするようにたなびいている。それに逆行するように、いつもよりも広い視界に足を踏み出そうとした瞬間、後ろから手を引かれて抱き留められてしまう。直接伝わる温度が奪われていた佐久間のそれを補完する。

「寒い」
「布団の中にいればいいじゃないか」
「だから、戻ろう」
 佐久間の肩越しに顔を埋めた源田は、己の熱さと相手の冷たさが交わっていく快心を味わっていた。肌触りのよい佐久間の肢体は、ともすると自分の胸中からすり抜けてしまうことを源田は承知している。だからこそ、吹き込んでくる風に敵意を向けるように、彼は流水のような佐久間の首筋に噛み付いた。

2010/3/14 Sun 06:30