美しきペルソナ/エスカバ×ミストレ


 ミストレーネ・カルス、奴の容姿は正しく芸術作品である。あいつ自身が自分の容姿を武器と捉えることに、周囲は単なる自己陶酔的なものを感じるのかも知れない。しかしながらミストレは、非常に自分の容姿の価値を知り尽くし、周囲が思うよりも高い次元でそれを利用している。
誰しも、ミストレの顔に拳を振るうことを畏れる。芸術作品が多く、手を触れてはいけないと厳重に守られているように、その美しさには儚さという付加価値がついて、人間の庇護欲を刺激する。
生きた芸術作品のようなあいつを踏みにじりたいという猟奇的思考の人間も多くいるだろう。美しい作品を見て、それを砕き、足蹴にし、バラバラに引き裂く妄想をするようなことは普通の人間にも起こりうるのだ。しかしながら結局、それらはミストレの前では足を竦ませ、両手を上げざるをえなくなってしまう。いくら想像でかき立てられようとも、肝心の所で動きが停まってしまう。それほどの気迫と、儚さと、近寄りがたさをあいつは持ち得ている。

 ミストレ自身の中に眠る凶暴さと、それを包む人間離れした美しい容姿。それを傷付けようとする瞬間、人には隙が生まれる。罪悪感に一呼吸遅れてしまう。そうでなくても、美しい相手を手に掛ける、想像を超えた快感の訪れを予期し、大きな隙となって表れるのだ。その、ほぼ本能と同じような一瞬をミストレは見逃さない。
そういう事もあって、ミストレはどんなに激しい戦闘訓練でも、相手に直接やられたような大きな傷を、顔に作ってきたことはない。俺の周りにはそんなあいつを気に入らないと明言している者も多くいる。

 一見すれば女のような容姿で、かつそれを大いに利用した親衛隊のようなものを侍らせている姿は、荒くれ者や粗忽な質の多い士官学校では浮いて見えるし、またそういう者たちにとっては目障りでしかないのだろう。そこにミストレは自身の実力を紛れもなく持っていることに、より反発をするものもいれば、渋々と認める者もいる。

 俺は奴の容姿の有効性というものを理解し、その上で奴がしている様々な努力を最近間近で見せつけられてきたので、一個人としてミストレの存在を認めている。男であろうと女であろうと骨のある奴が俺は好きだ。負けず嫌いなミストレはバダップに打ち負かされていこう、その圧倒的な力差に屈服することなく努力を続けている。

 前記したとおりミストレの容姿は彼に備わっているある種、防御壁のようなものであるが、それを何の抵抗もなく打ち破ったのがバダップ・スリードという人間である。
その勝負を見たとき、俺は確信した。バダップは次元が違う。あいつは不要なものならば、感情や観念なども棄ててしまうことができる男なのだと、ミストレの鼻っ柱を躊躇無くへし折った瞬間思った。

 用済みの闘技場を出て行くバダップに後れを取って、ミストレがその場を去ると、蒼白となっていた面々も次第に席を離れていく。
関係者以外は入れないようにしている控え室に入り込んだ俺は、布で鼻を押さえているミストレを見遣った。無惨に曲がった鼻と、白皙の肌に映える鮮血が眩暈を起こさせる。

「負けたよ」
「そうみてぇだな」
「次は負けない」
「よくそんな事が言える」
「オレは負けず嫌いなんだ」
 口角を上げたミストレが、やって来た救護班に処置をされる。その負けず嫌いなミストレが満足そうに笑んでいるのに、俺は様々な邪推を繰り返した。

 役に立たなかった容姿。歯が立たなかった実力差。バダップはミストレの揺るぎない様々な観念を打ち壊したのだ。それを先駆けてやられた俺には何となく分かった。だが結局それは推測の域を出ない。



 特別任務を終えて帰還した俺たちは各々元の生活に戻っていったが、以前と全く変わらず、とはいかなかった。
幾分人間らしくなったバダップを観るミストレの瞳にはいつも苛立ちが隠れている。人一倍バダップ・スリードという存在に敏感なミストレは、彼の変化を受け入れがたく感じているらしい。
あれだけ楽しんでいた親衛隊の女共との戯れもせずに、ひとりぼんやりとしていることが多くなった。その割に俺の姿を見つけると何だかんだで絡んでくるので質が悪い。

「体を動かしたいのだけれど」
 その日の課題を終えてやっと自由の身になれたのに、教室までわざわざやって来たミストレにそれを一瞬にして奪われた。
「ちょっと付き合ってよ」



 闘技場は大小種類がいくつかある。以前ミストレがバダップと闘った場所よりも、もう少し小さい場所に今俺たちは立っている。闘技場にあるシステムと同じく、武器を選択して実力を競い合わせるのだ。観客のいない小さなそこは音が余計に反響する。

「武器は」
「素手がいい」
 俺は少し驚いた。プライドの高いミストレは相手に選択権を与え、その上で捻り潰すのが何より好きなので、自ら闘い方を指定するとは思っていなかったのだ。
表示された武器選択メニューを閉じ、手套を外した俺は構えやすい型を取る。俺は手套なしの方が好きだが、アイツは‘手が汚れるから’手套を付けっぱなしで闘う。そういう奴なのだ。今更神経を逆撫でても仕方がない。軍人家系に育った俺は期待こそされていなかったものの、兄の武術を盗み真似て、いくつもの武術を会得した。

 家系として次男以降は重要視されなかった。両親は兄だけに心血を注ぎ、全てを学ばせ、俺には何も強要しなかった。そうした自由な環境が俺の武術の根底を作り上げたのかも知れない。
ミストレが、自分よりも遥かに力のある相手を得意とするように、俺は必殺を得意としている。身長の伸びが芳しくないことを認めた俺は持久戦ではやはり、がたいのいい相手には適わない。ゆえに体の弱い部分を狙ってそこを重点的に高い攻撃力で攻め、一気に陥落するのが常套手段である。
相手の動きを読んで観察し、弱点を導き出す。頭脳を組み込んだ戦闘は、基本とするところはミストレの戦い方と同じである。下手に力のある猛者よりも闘いづらい。ミストレ相手に俺は、バダップのように一撃必殺ともいかないだろう。

 浅い息を繰り返している相手の瞳を見つめる。覇気のない、虚ろな瞳である。いつものような、自信に満ち満ちた、強梁な装いはまるでない。

 静寂の中、先に動いたのはミストレだった。これも過去の彼の戦い方にはないパターンである。俺を上回るスピードで突っ込んでくる相手の、蹴りないし拳を交わし、受け流し、一往復を終えて距離を取る。
ミストレは俺ほどのパワーを持ってはいないが、その持ち前のスピードで他を圧倒してジワジワと攻め落とすタイプである。しかしながら今日の拳は余りにも軽かった。急所を外させたものの、いつもならば見逃せないダメージになる攻撃も、今日は少しの痣程度である。

 そのワンクールで相手のパターンを分析し終えた俺は、相手に攻め入る。優しさなど無い。そのまま守りの甘い部分を狙って攻撃を繰り返す。
いつもならば脅威な受け流しもなく、引き際鮮やかなミストレが今日は意地になって後退をしない。こうなっては攻撃あるのみだ。
防戦一方の相手が苛立ちのままに放ってくる一発を流し、懐に入ってボディを中心に拳をねじ込ませていく。両腕のガードがそのボディ中心になってくると、頭を中心に隙が出来る。鉄拳を相手の額目掛けて繰り出す。
この一発で脳震盪を起こして試合終了のはずだった。しかし俺はその一撃を無意識の内に止めてしまった。起こった風を受けながら、ミストレは大きくしていた瞳を一気に歪める。意地になった奴が勢いを付けて蹴り付けてくるのを受け止め、逆に足払いをする。そうすれば容易に奴は尻餅をついた。

 ついぞ、有り得ないことである。マウントポジションを取った俺はミストレの両手を束ね、頭の上に縫いつけて告げる。

「終わりだ」
「ふざけるな……」
「ふざけてるのはお前だろ?」
「どうして!拳を止めた!」
「自覚してンだろ」
「君もオレの顔に騙される間抜けな人種だとはね!バダップは……君みたいに愚かじゃなかった……」
「アイツと比べンじゃねェよ。それにそんな愚かな俺に負けて這いつくばってんのはお前だ」
「!!」
 戦闘能力としては元々俺の方が勝っているとはいえ、実力は均衡している。時折こいつに負けることだってある。こんなに簡単に勝負が決まるはずがないのだ。
気持ちを鎮めて戦闘に望むのは兵士としての基本だ。それが出来ないほどにミストレが冷静さを欠いていたのには驚いた。悔しそうに唇を噛むミストレの瞳が濡れていく。流石に焦った俺は相手を拘束していた手を緩めてしまう。
その隙を見逃さなかったミストレは手を振り解き、俺の頬へ強烈な一撃を食らわせた。どうやら口内を切ってしまったらしいことが、広がる鉄錆の味で分かった。

「この……じゃじゃ馬」
 改めて両手を押さえ付けると、射殺さんばかりの瞳で睨み付けられる。何の痛みもない。寧ろ支配欲を刺激されて快感すら覚える。

「泣くなよ、負けず嫌い」
「泣かないよ!バカか君は!」
「泣きそうな癖に」
「うるさい!」
「あーはいはい。これで俺の勝ちだ」
 露わになった額を軽く叩いて、俺はマウントポジションを下りる。一向に立ち上がろうとしないミストレは額を押さえたまま動かない。

「そんなに強く叩いてないだろ?」
「痛いよ、バカ!」
「子供か」
「いちいち腹が立つ」
「そりゃ、悪かったな」
 倒れているミストレの横に座る。荒い息をしていたミストレが落ち着くまでは、そう時間もかからなかった。

「気は済んだか?」
「済まない。ムカツク」
「わざと負けたらまた怒ンだろ?」
「そういうところが!ムカツクんだよ!」
 右手を軸にして蹴りだしたミストレの攻撃をかわしてその脚を掴み、変な倒れ方をした相手に口角を上げる。

「ヒステリックな女みてェ」
「こ、の、」
 激昂のままに暴れ出す前に、俺は先手として奴の口を塞いでやった。その手段が奴は気に入らなかったらしい。白い肌をみるみる赤く染めて、怒っているのだか照れているのだか、兎に角言葉を失っている。
わなわなと震えだした相手が突如立ち上がるのを呆然と見ていた俺は、今までとは比べものにならないほどの強烈な蹴りをこめかみに喰らって一瞬意識が飛びそうになった。咄嗟に少し引いたのでなんとか決定的なダメージは食い止めたが、脳内が大きく揺れている。視界が不安定だ。

 その蹴りで少し飛んだ俺は体勢を立て直しながら局部を押さえる。俯いたままのミストレは殺気を剥き出しにしていたが、次の一打を加えずに、そのまま踵を返してしまった。

「調子、戻ってンじゃねェか」
 体のバランスを保つのが辛い。仰向けに倒れながら瞳を閉じると、目の奥が痛みに熱くなっていた。


 元気が良すぎるのはよくない。殊勝な奴の方が幾分かましだったかも知れない、そう、次の日に女共と戯れているミストレを見て再度思った。
ただ、そのあとしばらくオレの顔を見ると牙を剥き出しにして赤くなるのはどうしてなのか、それは理解できなかった。キスぐらい、初めてでもないだろうに。そう言ったら以前のものの数倍強い蹴りを鳩尾に入れられた。本当に、質が悪い。あの時顔面に拳を叩き付けられなかった自分を叱咤した。

2011/1/7 Fri 7:05

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