化けの皮と鈍感/エスカバ×ミストレ



 顔が良いというのにも種類があって、整っているのにも方向性があるわけだ。バダップやエスカバが男性受けする、同性に支持を持たれる顔立ちなのに比べてオレは、同性の劣情を引き立てるような顔立ちに育ってしまったらしい。
 子供のころ、十代までは誰であれ中性的な雰囲気から脱せず、顔が良いという基準に厳密な差はないが、いつの間にかその差、というものが感ぜられるようになる。それが成長期なのだと言うことを授業と結びつけてオレは知った。
確かに女性の持つ丸みに似たものを備えているオレは異性からの人気を得やすいものの、それは異性がバダップやエスカバに抱くような、燃える恋心とは違う。自分では適わない者に屈服する、崇拝のような敗走なのである。
 こうまで語ると、オレが異常なナルシストだと思われないとも限らない。しかしながら実際オレの身に起こる様々な出来事を一つずつ自覚し思惟していけばこの答えに行き着く。所詮オレは取り巻きの女の子たちと真の恋愛は出来ないのである。

 オレの顔立ちについて周囲は様々思うことがあるらしいが、オレは自身、これを武器に考えることにした。物事は良い方向に考えるに越したことはないからである。女の子たちを屈服させ、男共を落とせばオレに恐いものは何もない。上目遣いで教師に囁けば大概のことは許される。とは言ってもそれを成績に関することではなく、自分の努力の為の何らかの礎に用いるのが原則としてオレのポリシーになっている。一位という栄冠は、努力して勝ち取るからこそ気持ちがよいものなのである。また、努力をしないで身につけなければ、それは何の意味もないからである。
 妬ましく思う人間が、教師に色目を使うオレにそういった疑いをかけることすら、オレにとっては楽しいピエロの踊りにしか見えない。精々踊らされるがいい。オレは将来を見据えている。この顔だけでなく、この頭脳だけでなく、多くのものを利用してオレは上に行く。バダップ・スリードという存在が目の前に立ちはだかろうと結局オレの進むべき道は変わらない。



 その、雄偉な手を羨ましいと思うことはあった。けれどもイコール自分の白くきめ細やかな手を、うら恥ずかしいと思うわけではない。ただ純粋に、好い、と思ったに過ぎない。タッチペンを握っているその手に指をかける。人差し指で骨ばった親指をなぞって甲を撫で、そのまま人差し指と中指の間に滑らせる。無粋な表情をするエスカバはいつでもオレの興味をそそる。大抵の人間はこういうことをされると俯きがちに頬を染めるものである。この点に関しては、バダップも反応を示さないだろうが、オレは彼を同じ人間だと思うことを諦めた。人間は人間でも彼は異質すぎるのである。その点エスカバはオレと似ている。性質としては正反対でありながら、彼とオレは非常に近い位置にあるのだ。

「何だ」
「用がなきゃ触ってはいけない?」
「お前、そういうの止めた方が良いぞ」
「なぜ?」
「余計な誤解を生む」
「オレが君に気があると、誤解したかい?」
「お前バカだな」
 元々気性の荒い方であるオレはエスカバのこの言葉が小癪に障った。今現在、オレよりも学科の成績が悪いエスカバの、不得意分野を教えているのはオレの方である。元々頭の出来では勝っている。それは毎度あるあの忌々しい成績発表によって示されている事実でもある。

「変なところで頭が回ってねーなって意味だ」
 下唇を噛んでいたオレに付け加えたエスカバは、手を離さすと筆記を再開した。左手の操作で画面のページを捲ると、少しの間静寂が訪れた。侮辱されたような気分になったオレは益々気色ばんでいくのを自覚した。

「ねえ、エスカバ、どういう意味か詳しく教えてくれるかな」
 肩へ顔を近づけ、視線で見上げると三白眼の瞳がオレを映した。優美さとは掛け離れ、粗忽なその手に似合う、精悍な瞳である。

「お前、そうやって自分の容姿を面白がって使うの止めろ」
 顔色一つ変えないエスカバが言い放った言葉はまたオレの矜持を傷付けた。つまらない。どうしてこいつは面白く躍ってくれないのか。

「別に、オレの勝手だろう?」
「俺には自虐的に見える」
「君がどう思おうとオレには関係ないさ」
「あと、気にくわねェ」
 結った髪を掴まれる。人に髪を触られるのが好きではないオレは苦い顔をしていたことだろう。特にエスカバは所作が乱雑だから綺麗に結ったのが台無しになる恐れがあった。現に、愛でるという言葉からは遠く離れた、荒っぽい触り方である。

「君は絶対的に言葉数が足りない」
「全部説明しないと理解できない所がバカなんだよ」
 世間の小学生男子のような口調になったエスカバはもう一度「バーカ」と言い放ってシニカルに笑った。彼がどうしてこのような自信溢れる表情をするのか、オレには理解できない。大体オレに推し量れと言っているのがおこがましい。睨み付ければ更に笑みを深める。悪循環だ。

「本当に、可愛い奴」
 くくく、と含み笑いをし終えたエスカバは筆記を続けた。いつも憧憬を込めて言われる誉め言葉に、こんなにも胸がざわついたのは実に初めてのことである。

「死ね、クソ野郎」
 言い返した言葉に、彼は満足そうに目を細めただけだった。


エス→(←)ミス
2011/1/2 Sun 5:25

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