染/エスカバ×ミストレ




「お前はオレの美しさの染みだ!」
 始めこそは慇懃(しかし無礼、と尻につく)な話し方をしていたその美麗の男は真っ直ぐにエスカを指差して唾棄するように言葉を放った。美しさが真情のこの男からすれば、染みと言えば癌と等しく、須くそう今すぐに、排除して然るべきものなのだ。ゆえに今こうして続いている攻撃の数々を、エスカはすっかり納得してはいるが、首肯はできない。

 次々と繰り出される目まぐるしい攻撃はあわや身体を掠め髪を揺らし、耳に鋭い空気音を残していく。顔のど真ん中にやって来た足の裏をバックステップで避けながら、ブーツごとがっしりと掴む。回し蹴りの勢いで別の脚が繰り出されるが予想の範疇。その脚も脇に抱え、浮いたミストレーネが腹筋を使って思い切り起き上がると、頭突きをするかと思いきや拳を顔へ突き上げてきた。これも予想通り。それが届く前に脚を離せばどさりと地面に落ちる、軽い身体。確かにミストレーネにとって自分は染みだ。そう思うことがある。例えば今だ。彼の実力ならば肉弾戦で自分に負けることなど、そうそうない。

 足払いも避けながら面白いほどに読める相手の思考に、自分があのバダップになったような感覚がして眉を顰める。訓練場を囲む女の群は今日は不在だ。ミストレーネの機嫌が悪い原因の一端でもある。

「めんどくせぇ野郎だな」
 純粋な感想を述べたまでなのに、ミストレーネは激昂して鳩尾へと必殺とおぼしきパンチを繰り出す。特殊合金でも抉れそうな勢いは、腹に当たって僅かな衝撃となる。身体を捻るようにしてかわせば、加速した奴の攻撃圏内に入る。まずい、と思う間もなく、相手の蹴りが太股に入った。咄嗟に支点をずらしたのが功を奏した。骨はイッてないはずだ、恐らく。壁にめり込んだかと思ったが、頑丈な訓練場の壁は小さなヒビが入ったに過ぎなかった。まあまあよしとしよう。後でバダップに死(の目)線を浴びせられるのは自分だ。

 満足しきっていないらしいミストレーネが尻餅を付いた状態のエスカに歩み寄る。エスカはジッと見上げながら美しいその姿を眺めた。

「お前は天使とは程遠いな」
「小悪魔的かい?」
「魔王的だな」
 顔を少し横にずらさなければ頭蓋骨が陥没していた所だ。頬に壁の欠片が当たって落ちる。始末書は避けられないらしい。

「好きだぜ、ミストレーネ」
 顔の中心に向けられた拳がほんの少しだけ止まり、肘をついた余裕の笑みのエスカを嘆息させる。あぐらをかきながらまるで、子どもをあやすように、告げた言葉は結局、ミストレーネの怒りを増長させただけだった。怒れば怒るほど、隙はできる。だけれども。

(俺はお前の染みに過ぎねぇよ)
 たった小さな黒点、それは結局大海の藻屑に過ぎない。染み一つに躍起になるこの男の甘さが好都合でならなかった。今の内に、精々体中に根を張ろうか。

2012/5/14

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