昔の慣習/ヒバン


 体調がよい日にはバーンに連れ回される彼は、速い相手の歩調に合わせようと必死で、結果よく転倒してしまった。何やってんだよ、そう覗き込んでくるバーンに苦笑いを浮かべながら、ヒートはたとえどんなに酷い転び方をしても涙ぐむことはなかった。やがてその回数が増えると、習慣のようにバーンが手を差し出すようになった。どこかへ向かう時、デコボコの道、ぬかるんだ場所で、導くように差し出される手を取ったヒートは顔を綻ばせるのである。







「バーン様」

 呼ばれ、瞳を開くと、見慣れた顔が眉をハの字にしてこちらを見下ろしていた。

「練習始まりますよ、というかもうみんな集まって始めています」

 寝ぼけ眼で、相手が不思議な言葉遣いをしていることに疑問符を浮かべた後、バーンはゆっくりと現状を理解していった。
どうやら自分は歓談室から通じる個室のソファーで眠り入ってしまったらしい。入り組んだ死角の場所だが、古くからの付き合いであるヒートには容易に見つけることが出来たのだろう。そんなこともあってヒートは何かにつけて姿を消すバーンを捜す役として定着していた。

「ほら、早く起きてください」

 パンパン、と両手を鳴らし、ヒートが促す。それを受けて緩慢に上半身を起こし、伸びをする。本来眠るべき所ではない場所での仮眠であったため、体が凝り固まっている。

「言葉遣いだけでなく態度も改めるべきだな、お前は」
「そしたら寂しがるくせに」
「訂正、お前には敬いの気持ちがない」
「はいはい、すみません。駄駄こねてないで行くぞ」

 欠伸を落とすバーンの手を掴んだヒートはそのまま思い切り引っ張る。バーンは前のめりになりながらも何とか体勢を立て直して立ち上がった。

「危ね!おいヒート!」
「バーン様の身体能力ならば問題ないと信じておりました」

 わざとらしく微笑むヒートに皮肉を浴びせる間もなく、バーンはそのまま手を引かれる。ヒートが先行してそれに続く形だった。着目すべき点はこの年頃の男子二人が手を繋いでいるという状況である。不自然きわまりないし、下位の者に示しが付かない、それどころかグランやガゼルに見られては燃焼し尽くしてしまいたくなるぐらいに ばつが悪い。今回のように、さして周囲を気に留める様子のないこの幼なじみの剛胆さに、バーンは閉口してしまうことがある。器がでかいのか無頓着なのか、未だに判断が出来ないが、連みだして十数年経った今でもまだ困惑してしまう自分が不甲斐なく感じてしまった。そんなこともあって中中言い出せずにいると、ヒートは不意に立ち止まって、バーンの手を掴んでいる右手を少し上げながら反転した。

「懐かしいな。今回は、逆だったけど」

 卑怯だ、そう思いながらバーンは下唇を噛んだ。そんな、幸福の全てを詰め込んだような笑みを浮かべられては、力の込められた手を振り解くことなど出来なくなってしまうではないか。
愛おしげに握り直したヒートの、再開される足取りを辿って、バーンは練習場へ向かう道のり、グランやガゼルだけには遭遇しないように祈るばかりだった。

2010/2/2 Tue 02:43


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