ほのか/浜野×速水



※海王学園戦後



 見通しが良い場所にあるこの釣り堀は、浜野自慢の穴場である。休日でも混雑することなく、悠々と釣りを楽しめる上、風通しも良いので第一に環境が良好なのだ。

 椅子というよりは箱に近いブロックに座り、糸を垂らす。釣りをしていると、何も考えない、をできるのが何よりも楽しい。けれど、隣で釣り糸を垂らしている相手は、どうやら釣りの間、何か物事を考えるのに使うタイプらしい。

 それでも、先日よりは比べものにならないほど表情は晴れている。ふと浜野は、彼を初めてこの釣り堀に誘った日のことを思い出した。あれは一年前、梅雨の合間の晴れた日であった。休日のほとんどを雨で潰され、ようやく待ちに待った晴れ間が訪れたのである。意気揚々と出掛けた先、駅前でばったり鉢合わせた速水を、半ば強引に連れてきたのだった。

「速水さー、初めて一緒に釣りに来たときのこと、覚えてる?」
「覚えてますよ」
「全然何も出来なかったよな」
「初心者だったんですから当たり前ですよ……初めて行ったのに、無理矢理やらせるんですから」
 流されるようについてきた速水は、餌にも触れずに逃げ回ったのを鮮明に思い出せる。少しずつ慣れさせるのには、割合大雑把な浜野のアイデアでは相当苦労したのを覚えている。

「苦手でした」
「ちゅーか、俺のことも、でしょ?」
「……だって、浜野くんは、俺とは全然違うじゃないですか」
 人見知りの速水に、初見から大股で距離を縮めてきた浜野の、光の部分が速水には眩しすぎた。自分とは相容れぬ存在だと決めつけ、目を逸らして当たり障りのない断りをいれたのにもかかわらず、そんなことにも気に留めずに、浜野はどんどん迫ってきた。始めの内はそれがプレッシャーで仕方がなかったのに、いつのまにか二人で居るのが楽になっている。日常になっている。人生とは実に奇想天外なものである。

「確かに全然違うなぁ。でも、違うから俺は速水が好きなんだけど」
「……」
「まあそれはおいといて」
 さすがに羞恥を抱いたらしく、頭を掻きながらはにかんだ浜野が、水面に視線を移す。魚が跳ねるのが分かった。二つの糸が、水面に垂れている。独特の水の香りが何とも心地好い。

「一人で来たって?」
「この間……」
「餌も付けられなかったのになー。俺のことも苦手だったのに、今では好きだし」
「何で断定なんですか」
「ちゅーかさ、そういうことなんだよ、速水は」
「訳が分からないですよ……」
 呆れたように言い放った速水の頬が、少しだけ紅潮していることを横目に一瞥しながら、浜野は言葉を続ける。

「速水ってさ、流されやすいのに強情だよな」
「そう、ですか?」
「んー……まあね。結局俺は、速水のこと信じてたけど」
「釣りが出来るようになると?」
「サッカー、するってさ」
 相変わらず引きはない。釣りは根気である。向かいの初老の男性が魚と格闘しているのを音で感じながら、相変わらず視線は水面に注がれていた。

「何かさ、速水のこと、ビビッ、って分かっちゃう時がある」
「俺は、浜野くんのことが全然分かりません」
「愛だよ愛」
「何ですか、藪から棒に」
「速水は俺への愛が足りない」
「えっ?」
 反射的に浜野を見つめた速水、その視線を拾った浜野が意地悪く笑う。その事に目線を揺らした速水は結局、再び竿の先を眺め始める。

「俺は速水のこと分かるのになぁ……」
「ううっ……すいません……」
「ま、自分で手一杯の速水も好きだけどさ、もっと知って欲しいじゃん?好きな奴には。好き「あの!」
 俯いたままの速水の、滅多にない声に、浜野は少しだけ微笑んだ。速水の、竿を持つ手が汗ばんでいる。動揺と、出せない言葉に惑いながら、開いたくちびるが次の言葉を放つ。

「あんまり好き好き言わないでください!」
 割合早口の文句に、分かってた、とでも言いたげな浜野が頷く。とうとう笑い声まで漏らして。

「それに、その半分は俺のですから」
 控えめな言葉が、吐息に混じって放たれる。しかしながら、浜野の耳には届かない。瞬間的に吹いた風が、速水の秘密を守ったように。

「ん?何?」
「何でもありません」
「……つれない、なぁ……」
「得意だったんじゃないですか?」
 浜野の視線が、相変わらず釣り糸に注がれていることに、少しの勘違いをしながら放言するする速水。再び相手の顔を見つめ、浜野はいたずらっ子っぽく綻んだ。

「自信はあるけど」


 二人の釣り糸が、波紋を作りながら揺れている。

2011.9/17.Sat 05:46


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