溺れていいですか?/マルコ×ジャンルカ


「ねえもっと、そのキレイな瞳を見せてよ」

 戯れ言だと笑い飛ばせるほど愉快に出来ていない俺は眉をひそめた。それなのにちっとも怯みやしないアイツは俺の頬をがっちり掴むと、本当に、穴のあくほどじっと、こちらの瞳を見つめた挙げ句、携帯を取り出した。かと思うと、カシャリ、と写真を撮りやがった。信じられない。非常識だ。後々知ることになるが、この非常識極まりない男は俺よりモテるらしい。ああ信じられない。世の中おかしい。大体目は大きいし表情はあどけないし、女みたいじゃないか。いっそ女の子なら好意が持てたのに、むさ苦しい男の部類ならごめん被る。携帯の画面を回しながら見ていたアイツは、唇を尖らせ難しい顔をし、再びこちらを覗き込んで「本物には負けるや!」とそれはもう、憎々しいほど完全無欠完璧な笑みを浮かべたのだ。
その瞬間、俺はアイツを敵だと認識した。


 そんな一癖あって、俺は始めマルコを毛嫌いしていたが、チームメイトとして過ごすうちにいつの間にか絆されてしまっていた。そのことに、奴のお手製パスタに舌鼓を打っている時に気づいた。変な声を上げた俺に小首を傾げたマルコは「おかわりいる?」と人当たりのよい笑顔で手を差し出した。大人しく皿を渡せば踵を返してキッチンへ向かう。アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノから始まりペスカトーレ、ボロネーゼにカルボナーラ、はたまたラザニアまで、パスタを用いた料理は一通りこなせるマルコに、つまり俺は餌付けされてしまっていたということだ。行儀は悪いが食卓に頬杖をついてフォークを手先で弄った。

「お待たせ」
 綺麗に盛りつけられたスパゲティから上がる湯気と香りに、腹六分目程なのに喉が鳴りそうになった。

「思い出したんだ」
 フォークを皿の端から差し込んで見上げた先、向かいに座ったマルコは自分の分に手をつけるでもなく見返してきた。

「お前、初めて会ったときに俺の目携帯で撮りやがっただろ?」
「ああ!残ってるよ!見るかい?!」
「そんな気色悪い画像とっておくなよ!」
「お気に入りなのに」
 明らかに残念がるマルコに頭おかしいんじゃないかと思うのは仕方がない。事実こいつは頭がおかしい。

「あの時からしばらく、俺お前のこと毛嫌いしてた」
「ジャン、怖かったよー」
 あはは、と笑うマルコに毒気を抜かれる。こういうことなのだ。コイツに怒っても結局暖簾に腕押し。俺も最終的に疲れるだけで終わってしまった。

「非常識だからだろ、お前が」
「俺だってあんなことしないよ、ふだんは」
 じとりとした視線も何のそのなマルコは「なにその疑いの眼差し」と相変わらずの笑みだった。

「だってそんなキレイな色の瞳、初めて見たんだよ、ジャン、キミの瞳はマリンブルーの海をそのまま閉じ込めたみたい」
 子供が宝物を自慢するような、それでいてうっとりと浸るような様子のマルコはまた、俺の目をじっと見つめる。何だか、自分でも意識していない深層まで見透かされそうで恐ろしかった。なのにやはり、どうしても逸らせない。

「オレ、ジャンもジャンの瞳も、スゴく好き」

 肘を突き顎を支えながら、目をゆっくり細めて口元を上品に上げ、とろけるような、微笑。言葉を反芻しながら思わぬアタックに、不覚にも赤くなってしまうまで、あと数秒。


2010/9/14 Tue 17:09


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