臆病もの/フィディオ×マーク


 散らかった部屋と、青春、それはおおよそ同じ意味を孕んだ言葉であろう。人に寄りけり。上手く片付けられる者もあれば、そうでないものもある。マークはそうでない方の人間であった。感じやすい彼は人よりも多くの悩みを抱えていた。うんざりとしながらも悩むことを止められないというのは、彼にとって、緩やかな苦しみであった。彼は考えた。多くを考えていた。しかし思考をすり減らす人間の大半とは違い、擦れていくことはなく、純粋なままだった。ともすると、純粋であるがゆえに苦しみが大きかったのかもしれない。

「マークはものを考えているように見えて何も考えていないのかも知れないと思わせて実は沢山考えているよね」

 そんな失礼ともとれる言葉を発したのはいつの間にか隣に座っていたフィディオだった。アメリカエリアのハンバーガーショップで、ディランを待っている所である。メニューをぼんやりと見つめながら、全く別の方向へ思考が飛んでいってしまっていたため、フィディオに全く気付かなかった。マークはディランといるときが一番楽だった。ディランは騒がしく、マークを巻き込む。彼が何でもすぐに思いついて行動するので、マークが一々何かを感じたり、考えたりする必要はないからだ。縋るように彼と共にありたいと思うのは、恐らく自分のほうなのだろうと、栓のないことを考えていた。マークの頭の中を見ることができないフィディオは無論、そんな思考を知らない。ディラン以外の人間に怯んでしまうマークを知らない。

「やぁ、またジャンクフードかい?」
「旨いぞ」
「残念だけど、俺はもう済まして来ちゃったんだ」
「そうか」
 それならばどうして隣に座るのだろうか。不思議に思いながらもメニューをサイドにスライドさせる。フィディオとは旧知の仲である。離したりサッカーをしたりするというのはマークにとって望ましいことであるし、彼にも好意を持っていた。ゆえの行動である。
円形のテーブルに肩肘をついたフィディオはニコニコと顔を綻ばせながらマークを見つめていた。

「なんだ?」
「俺、今マークを独り占めだな、って思って」
「……?」
「この前、好きだって言ったの、忘れたの?」
「忘れていない」

 その返答にさすがに溜息をつきながらも、フィディオは笑みを崩さなかった。「そんなところがまた、好きなんだけどね」
 ライオコット島に来てからしばらく経った頃のことだった。フィディオはマークに「好きだ」と言い放った。相当の決意をしたというのに、マークは「ありがとう」と差し障りのない返事をしてきた。長い時間をかけて自分の想いを説明したが、考えあぐねている様子のマークは「考えてくる」と言い残しただけだったのだ。明らかに許容量をこえていた。その日のことをようやく思いだしたらしいマークは、またあの時のような困り顔をして唸り声を上げた。フィディオにとっては、完全に拒絶されないだけ嬉しい事態ではあったが、こうも平然とされると焦りすら感じてくる。

「信じてもらえない?」
「信じる、以前に、フィディオ、お前の思いが勘違いじゃないと断言できるのか?」
「できるよ」
「俺はそこが信じられない」
 静かに述べたマークは透明な瞳を向けたまま、淡々としていた。普段の彼はサッカーをしている時とは比べものにならないほど冷静で、残酷だ。

「マークはものを考えているように見えて何も考えていないのかも知れないと思わせて実は沢山考えているよね」

 一句違えず繰り返したフィディオは、吐息をもらしたあと、身を乗り出した。ちょうど、角の席である。死角であるかどうかは、そのときの二人にとってはどうでもよい事だったのかも知れない。しかし日常がなんの滞りもなく進んでいる情景の、すぐ側で、フィディオはマークの唇を奪った。それは、爽やかさとは程遠い、欲望を体現したような口付けだった。舌先を相手の口内へ侵入させ、彼の頭部を引き寄せることによってより深いものとする。反射的に逃げる舌頭に自分のものを重ねながら、甘噛みや吸引をして相手の酸素を奪っていった。リップキスをして、赤くなった唇からエメラルドの瞳へ視線を移したフィディオは、哀しげな癖に得意げな微笑を浮かべて言い放った。

「いけず」

 本当に信じられないのは、自身の心であると言い及んだならば、彼はそれごと抱き締めると、自信満満で言い放つのだろう。それゆえに、口を閉ざしてしまっているというのに。

2010/10/11 Mon 23:58


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