スリーピング・ラバー/一之瀬×マーク
サッカーを思い切りしてね、ほんとはいけないけど、そのまま地面に転がって、お腹を押さえてじっとしてるんだ、そうするとドクンドクンと手の平に心臓の音が伝わって、スパイクを脱いだ足の先にはジンジンそれに合わせた疼きが脈打つ、苦しい息が周りを揺らして見上げた空が真っ青なら、ねえ、俺は、この上ないしあわせを感じるんだ。
世の中すべてが必然でできているのなら、今回の一件はどういう意味を持つのだろうかと、冬の金網みたいな頭で考えてみた。俺はとんでもない暇人だったのだろう。自分なりの答えが出たらひとしきり、満足するでもなく空虚な気持ちが広がっていく。
世の中すべてが偶然でできているのなら、今回の一件はどういう意味を持つのだろうかと、夏の電線みたいな気持ちで考えてみた。俺はとんでもなく無為に過ごしすぎていたのだろう。結局ひとりきりの考えはすぐに辿り着いてまた、岩みたいな手持ち無沙汰がのしかかる。
欲がないなあ、と言われることがある。けれども国の代表になるような人間に欲がないなんておかしすぎやしないか。ましてや俺は人一倍欲深い。
すり抜けそうな、けれども微動だにしない腕を掴んで力なくベッドの端にうなだれた。
ねえ、カズヤ、でもきみの欲は、とても純粋で、あの、びーだま、みたいに綺麗なんだ。どこまできみは、俺を惨めにさせるのだろう。俺はカズヤが呼び掛けに答えてくれなきゃ嫌だし、握った手は握り替えしてもらいたい、色んな表情を知りたいけれど、いつも笑顔でいてほしい。今だって、ずっとずっと待っているのに、キミは一向に目覚めてくれない。そのことにこんなにひとりで落ち込んで、苛立って、苦しんで、ほらまた詮無いことばかり。
触れている腕は温かい、けれどあの時のように、気管を震わせているかのような激しい脈は刻まないし、しんしんと大人しいままだった。カズヤの言葉を思い出す。カズヤのしあわせ、カズヤの望み。
「カズヤ」
掠れた、情けない声で縋るようによびかけても、やっぱりキミの呼吸は規則正しい。我慢しながら顔を上げ、俺とはまるで違う色の髪を梳いたり、頬に指を沿わせた。
「カズヤ」
繋がれたコードが恐ろしくて仕方ない。きっと目覚めてからまたカズヤは苦しむ。それを支えられない俺は自分を責めて立ち直れない日々が続くのだろう。それでも俺は、今はただ、
「早くあいたい」
残酷な欲はシーツを濡らして、しばらくすると跡形もなく消えていった。
彼の手術が終わって幾分、カズヤは未だに眠ったままだ。
2010/10/2 Sat 13:31
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