ひとり指切り/一之瀬×マーク


 あはは、と口内でわらってみせた。ああ君は酷いよカズヤ、今の俺に何を期待しているんだい。あはは、あははは。元来俺は笑顔だとか、感情を顔に乗せるだとか、そういうことが苦手なんだ。そのうえこんなにも酷い仕打ちを受けて、こんなにも悲しい気分になって、それなのに、それなのに、君の笑顔が見たいだなんて。

「俺は頑張るよ、」
 何も言ってくれなかったじゃないか。俺には隠していたじゃないか。悲しいに決まっている。虚しいに決まっている。俺じゃカズヤを支えることができなかったのかなんて、今更、後悔、何で気付いてあげられなかったのかって、後悔。フィールドを出て、控え室へ向かう廊下で、カズヤは膝を折った。そしてそのまま力なく倒れ伏した。声にならない絶叫で身動き一つ取れない俺に彼は言った。笑顔、笑顔、なんて。

「マーク、」
 カズヤは俺のヒーローだから、弱くなんてなくて、いつも完璧なプレーをしていて。世界に名を轟かせていて、プロユースにも誘われていて。だから、だから。

「大丈夫だから、泣かないでよ、」
 そのまま病院に運ばれたカズヤは応急処置とかで酸素マスクをつけた上に色々な検査をさせられていた。キャプテンとして、そんなまるで、病人のような彼の傍に付いていなくてはならなくて、(付いていることが許されて)、俺は顔を歪めていつの間にか泣き出していた。ベッドサイドで崩れ落ちて何度も無意味に「ごめん、ごめんなさい」と呟いて、力が入りきらないのだろう手を握りかえしていた。勝てなくてごめん、気付かなくてごめん、支えてあげられなくてごめん、不甲斐なくてごめん。

「戻ってくるよ、ちゃんと」
 頭を撫でてくれる感触に、どうしても涙は止まらなかった。歪んだ視界の中でカズヤは弱々しく微笑んだまま、それでも力のこもった言葉を発した。

「戻ってくるから、ねぇ、マーク、笑顔が、君の笑顔が見たいよ」
 初めての彼の願い事だった。だから叶えないわけにはいかないのに、引きつった頬は相変わらず涙に濡れていたし、笑い声と交互に嗚咽が出てきた。

「ありがとう、マーク」
 なんで君の方が、上手く笑えているの。カズヤの手を涙で濡らしてしまった俺は、結局満足がいく微笑みなんて見せられなかった。
お願い。お願いだから、神様。カズヤを奪わないで、このままどこかに連れて行かないで。彼がフィールドに戻ってきたとき、俺はきちんと笑えるようになるから、だから、お願い。
 柄にもなく神頼みなんてしながら、俺は彼と引き離された。





 待っているからさ、カズヤ、一方的にした約束をどうか、果たさせて。

2010/9/9 Thu 00:15


Top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -