騎士の騎士/フィディオ×エドガー



 見目麗しい令嬢に囲まれている彼を遠くから見つめる。その人は王様のように空間に存在していた。それでも、反面、その空間を壊すように、誰よりも美しくて、哀しげだった。ウルトラマリンの瞳をたゆたわせて、フィディオはその情景を長らく眺め続けていた。


 ファンサービスを怠らないエドガーが女の子たちを侍らしている様を、フィディオはよく目にしていた。今日も練習を終えて町に散策に出ていた時にその一群を見掛けることとなった。食事にでも行くのだろうか、堅い私服を纏った彼は騎士よりもむしろ、そう、王様なのである。
 フィディオが国元を違えるエドガーと知り合うようになったのは、数年前に行われた国際親善試合の折だった。それ以降、ヨーロッパ地方で試合をする機会が多くあったので、よいライバル関係でいることができた。幼い頃はサッカーの上手い相手との競争を純粋に楽しんでいたが、次第にフィディオの中には違う感情も生まれてくるようになった。
蠱惑的な赤い唇に、豊潤なからだ、撫でるような声に、芳香となっている色香。女性という存在に沸き立つ世代になっても、フィディオの中を占めるのはサッカーに対する思いだけで、仲間内からも好奇な目で見られることが多かった。そんな中、フィディオの心をとらえたのは、久々にフィールドで出会ったエドガーの姿だった。彼が頭から離れなかった。年を重ねる毎に男らしい体つきになり、背も高くなっていくのに、どういう訳か、フィディオは彼に熱視線を送るようになっていた。
ライオコット島で久々に彼と再会したときも、その想いは高まっていた。思春期の思い違いが生んだ恋ならば、代用品的を設けることで楽になれただろうが、猛る想いはそれを許してはくれなかった。恋愛に対して潔癖性な自分に、憂いよりは愉快さを感じるフィディオは、焦燥感もなく比較的穏やかなまま、エドガーの姿を目で追っていた。
美しいものに囲まれるエドガーは絵になる。けれどそれだけだ。彼の心は満たされないだろう。彼は騎士でありながら絶対的な王でもあるのだから。


 フィディオは挨拶のために一歩先に出たエドガーの手を掴んでいた。街角、先程出てきた通りへと踵を返したフィディオは、残る者に構わず駆け出していた。足をもたつかせながらも、体勢を崩さずについてきたエドガーは流石だ。文句を言いつつ、無言のフィディオに不審がって、その内彼も口を閉ざした。ホームであるイタリアエリアの中枢までやって来たフィディオは、噴水を中央に構える公園の一角で立ち止まった。かなりの距離を移動したので、息が切れてしまっている。手を引かれていたエドガーは無理な姿勢での走りだったせいか、フィディオよりも疲れは色濃いようだった。こめかみ辺りから流れた汗を拭き取りながら、「何のつもりだ」と問う相手に真剣な眼差しをむけたフィディオは瞳の色を強くした。それに怯んだとき、自分が眼力を強くしていることを意識したらしいフィディオは途端にいつもの優しい雰囲気に戻った。

「ねえエドガー、君は、だれかを愛してる?」
 唐突な問いに戸惑いながら言いよどむエドガーは、漠然とした問いに漠然と答えた。

「愛しているのだろうな」
「……君は全く、騎士には向いていないよ」
 ずばりと言いはなったフィディオは、相変わらず人当たりの良い笑顔をエドガーに向けている。的外れながらも、侮辱されたのだと判断したエドガーは、素直に敵意を向けた。「お前にそんなことを言われる筋合いはない」しかしその言葉はフィディオの耳を通り過ぎていっただけだった。

「エドガーは、彼女たちを守る騎士にはなれないよ」
「どうしたんだ、お前「だって君は、愛するよりも愛されたいと思っているんだから」
 言葉を失ったエドガーに詰め寄ったフィディオは「違う?」と言い及んでくる。そんなことはない、お前は私の何を知っているんだ、と叫びたい思いを彼の瞳が留まらせている。付き合いが深いわけでもないフィディオに理解などできるはずがない。理解されたくもない。
 エドガーは大人に頼らない子供だった。友達に頼らない人間だった。彼は早くから自立して義務をきちんと果たしていた。人間というものを興味深く見ているフィディオはそれを知っていた。強く見える人間ほど弱いことを知っていた。エドガーは他人を愛し慈しむことを義務づけていた。彼にとってはそれが楽だったからである。愛することは自分の意思一つでどうにでもなるが、愛されることはそうはいかない。だからエドガーは愛することで他者の移り気な愛を受け流していたのだ。

「エドガー、聴いて、俺の目を見て。これから言うことは嘘でもからかいでもない。受け入れて欲しいわけでもない。ただの宣言なんだ」

 エドガーの両手を握ったフィディオの堅実さに怒りが鎮まってしまい、視線を僅かに揺らした。覚悟を決めて相手を見返すと、あの、全てを見通してしまうような瞳がエドガーを貫いた。


「俺はエドガーが望む、それ以上に、君を愛するよ」


 エドガーの手の甲に顔を埋めたフィディオは、泣き出しそうにも見えたし、笑い出しそうにも見えた。一人言のように「好きだ」と口にしたフィディオの手からから両手を引き抜けなかったのは、顔を上げてしまうであろう彼に、今の、自分らしからぬ赤面を認められたくなかったからだ。早く収まれと呪文のように繰り返す中、二人の間をすり抜ける風は無情にも温かいままだった。

2010/10/11 Mon 22:31


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