裏と裏の恋/ニース×ビヨン



 初見の印象はそう、「胡散臭い奴」だった。ニース・ドルフィンは片肘を付きつつ、マネージャーの手伝いをしている、その元「胡散臭い奴」を目で追っていた。
イナズマジャパンには当番制がある。どうしても大所帯のメンバーの世話はマネージャーだけでは足りないので、期間毎にできうる限りサポーターとして数人駆り出されることになるのだ。今日の食事当番手伝い、に任命された彼は相変わらず優雅な身のこなしで両手に持ったお盆を各机に運んでいた。あまりにもジッと見つめていたから当然だろうが、ニースはその相手と目が合ってしまった。これで三度目である。忙しさにすぐ逸らされてしまう目が、今回ばかりはかなり長い間ニースの上に留まっていたので、不覚にも胸が高鳴ってしまった。

「暇なら手伝ってくださいよ」
 高鳴った胸は呆気なくしぼんでいった。つれないなぁと思いながらも、練習後すぐにここへ来て、荷物を部屋へ戻したりタオルを洗濯物に出したりと最低限のことをしていなかったニースは、片手に持った荷物を相手に見えるようにあげて口先で‘悪い’と発音した。目を細めた相手は期待もしていなかったようですぐにそっぽを向いてしまった。ああ、勿体ない。そう思いながらも夕食の時間に間に合わなくなってしまうので惜しむようにニースは反転した。


 ビヨン・カイル。カタール代表チーム、デザートライオンのキャプテンたる男である。似合わない敬語を用いてどこか蛇のような妖しさと艶めかしさ、そして獰猛さを隠している。イナズマジャパンに引き抜かれる前から、ニースの周りには爽快な、ハッキリとした性格の者が多かった手前、彼は非常にビヨンに惹かれた。初めこそ、あまりいい意味ではなかったが、気になって目で追っていく内にどんどん彼の虜になっていってしまったのだ。不意に見せる余裕のない表情が、その時にスッと消え去る敬語が、焼けているのにきめ細やかな肌が、妖しさを増長するような伸びた髪が、目を逸らしてしまいたくなるような淫靡な口許が、近くでずっと眺めていたくなるような美しい色の瞳が、どうにもニースの心を擽って仕方ない。見つめれば見つめるほど、口数は少ないにしろ、会話をすればするほど、この思いは強くなっていく。大きくなっていく。
ニースは同じチームで彼を見つめているだけの現状で満足していた。しかしこれ以上心がぐらつくとどうなってしまうか分からないという自覚はあった。すでにもう、ニースはビヨンのすべやかな肌に触れてみたときのことを想像してしまっているのだ。ここからは急降下なのだろう。

 考え事をしたまま夕食を終え、風呂から上がる。日本宿舎の風呂は最高だ。思わず長湯をした分、憩いの場となっているロビーで一休みをした。数人と談話を楽しんだあと、就寝準備のために二階に与えられた自室へ戻ろうとした時、考え事をしていたせいか曲がり角で向こうから来た相手にぶつかってしまった。ふわりと洗髪剤の香りが漂う。その香りの主が焦がれている相手、ビヨンであることに気付いたニースは柄にもなく少し顔を熱くした。
「すみません、と言っても貴方のばあいビクともしてませんね」

 風呂上がり、露わになった鎖骨と首筋、それから太股に二の腕、そして独特の香り。目にも鼻にも触覚にも毒である。黙りを決め込んでいる相手に不審がったビヨンが覗き込んでくるのを、息を詰まらせて見つめ返したニースは耐え難いといった体で相手の腕を掴んでいた。体格差からか、相手はとても可憐に感じた。

「……さっき、食堂で、何を見ていましたか?」
 てっきり掴んでいる手を指摘されるものと思っていたニースは拍子抜けした。それでも思った以上に手触りの良い肌を離すことができずに逡巡する。

「貴方のことですから、マネージャーを見ていたのだと思っていたのですが」
「違う」
 思ったよりも低い声が出て、内心戸惑いながらも、ニースはもう引き返すことができなかった。

「お前を、見ていた」
 その言葉に、空いているもう片方の手で顎を押さえたビヨンはしばし考え事をしている風だった。沈黙がひたすら痛かった。すぐに非難されないことにもニースは追い詰められる。弁明の言葉でも放とうかと唇を開いた瞬間、そこに相手の唇が重なった。
「!」

 唇の輪郭を舌でなぞる、そんな濃厚なのに物足りない、それでいて刺激が強すぎるキスを浴びせたビヨンは、呆気にとられたままのニースの手が緩んだのを確認すると、掴まれていた自分の手を抜き去った。唇を放し、今度は自分のそこを真っ赤な舌で舐め取った彼は今まで見た中でも一番の凄艶な笑みを浮かべて言い放つ。

「お前に俺が飼い慣らせるかな?」

 挑戦的な言葉が瞳が態度が口ぶりが、脱ぎ去った仮面の存在を知らしめる。腹の底から疼くものに脳髄を焼かれながら、ニース自身も野獣の笑みを浮かべていることに自らは気付かずにいた。

2010/9/8 Wed 02:47


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