発熱と邂逅/ヒバン


「すみません、バーン様」

 そう言って熱い息を吐き出すヒートは天井を仰ぎ見た。不甲斐なさを感じているのだろう、唇を少しだけ噛み締めているその姿にバーンは十年足らず前のことを思い出していた。あの頃ヒートは年がら年中風邪を引いていた。本当に辛そうなときは病床の儚いこの姿が今にも彼岸へ連れて行かれそうで、傍を離れられない時もあった。

「一晩眠れば治ります……。バーン様は練習にお戻り下さい」

 静かに穏やかに言い放ったヒートは、変わらず苦しそうで、嫌な汗が滲み出ていた。薄暗くしてある室内に湿度を保つための加湿が施されている。そのため少しだけ じとじとしている。懐かしい、バーンはそう思った。昔よりも遙かに設備は優れているものの、この雰囲気には覚えがあった。独特の薬の匂いと湿度の高さ、それに伴って少し暑い室内、その隅のベッドに横たわる幼なじみ、彼の顔は申し訳なさと少しの喜び、そして寂しさを映し出していた。心配しなくていいから、俺なら大丈夫、ほら風邪がうつっちゃうからさ、そんなお決まりの台詞を吐く、過去の彼とヒートが重なった。
 沈黙のままに立ち上がって、振り返ることなく部屋を後にするバーン、そんな様子に風邪なんていうものを寄せ付けてしまった自分の弱さが惨めに思え、ヒートは片手で両目を覆った。手の平に伝わる体温の高ささえ不快で、高温のもたらす浮遊感と共に彼を苦しめた。いつも迷惑をかけてしまう、そんな自分が情けない。吐き出す溜息からは湯気がでていきそうだった。

「ほら」

 朦朧としていた意識が少し晴れた、その先、聞こえてきた声にヒートは半ば呆然となった。箱から出した体温計をこちらに向けながら、相変わらずの仏頂面を、バーンは浮かべていた。

「あ……」
「早くしろ」
「は、い」

 受け取ったそれを小脇に抱えながら相手を見遣る。特に何も言わないバーンはヒートと視線を合わせることなく、片手に持っていたミネラルウォーターをベッドサイドに置き、立ちっぱなしで熱を計り終わるのを待っていた。やがて独特の機械音の元に測定が完了する。予想外の高さにヒートはそれを相手に見せることを憚ったが、抵抗する間もなく体温計を奪われてしまった。その数値を見たバーンは案の定眉間の皺を濃くした。

「何か必要なものはあるか」
「だ、いじょうぶです」

 ぶっきらぼうになってはいるが根本的には昔と同じだった。バーンが自分のことを気に懸けてくれている、それは地位的な物で格差が生まれ、馴れ馴れしく出来なくなってしまった今となっては確かな優越感だった。チームメイトで幼なじみで、しかし距離をとらざるを得ないと感じて、そうしてきたヒートにとっては思わず落涙してしまいそうな事実だった。

「昼飯の頃にまた来てやる」

 答えを聞いたバーンは再び踵を返した。少しだけ瞳を伏せたヒートは去り行く背中に微か、恐怖を感じていた。熱に浮かされて思わず流れそうな涙を堪えて勢いのままに相手の腕を掴んでしまう。驚いた様子のバーンはゆっくりと振り返って中中視線を合わせようとしないヒートを見下ろした。

「ごめん、違……、……あのさ、もう少しだけ、でいいから、晴矢、ここに居てくれ」

 恐る恐る顔を上げた先、満足げに表情を緩ませた相手が映った。

「お前、ガキの頃より我が侭になりやがったな」

 苦笑するしかないヒートの手を振り払うことなく、彼はそう言って口角を上げていた。

2010/3/3 Wed 02:56


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