目もあやに/仙きり




 定評のありすぎるその美貌が眩しくて。眩んですこし、気がおかしくなってしまったのかもしれない。

 きめ細やかで隙のない白皙の肌に、闇が溶けだしたような滑やかな黒髪。その濡れ烏は最高級品で髪一本でも売り物にしてしまう自分には垂涎の品だ。計算されたようにピッタリと当てはまった顔のパーツ一つ一つさえ洗練されている。それはまるで美しすぎて生気のない人形のようだった。だからこそ、手を伸ばして触れた先、ジワリと温度が伝わってきたのが、何だかとても不可思議に思えた。

「何だ?」
 突然の奇行にも冷静に返すのがこの男の本質だ。隣で兵太夫が小首を傾げている。そうだ、本来はこの級友の元に彼は訪れたのだ。それでもお構いなしに動いてしまうのも、ある意味困った俺の本質に因る。衝動的に触れている手をあえて許されているのは分かっている。この隙のない人ならば、俺に触れられる前に身をかわすことも容易かったはずだ。

「先輩って綺麗ですよね」
「?」
 言われ慣れているだろうが、しみじみとして出てしまった言葉を取り下げる気など毛頭無かった。視線を同じ高さに合わせてくれる。嬉しいけれども、焼け焦げてしまいそうだ。

「売ったら幾らになりますかね?」
 兵太夫は目を丸くして、その人は数秒間だけ沈黙した。

「人売りのようだな、物騒な話だ」
「俺、そういう見方しかできないんですよね」
「そうか。……それでお前は私を売り払いたいと思っているのか」
「買いたいとも思いますよ」
 再び沈黙が流れた後、彼は光栄だと言って静かに笑いだした。相場はいくらか。ずいぶん高い買い物になるだろう。しかしそこは可愛い後輩としての特権を使おう。この人を手に入れたら、財産価値は計り知れない。美しさという特殊な優位点に加え、その能力の高さは折り紙付きだ。内職を手伝ってもらえば作業効率は三倍以上、売り子をしてもらえば人だかりになる、髪の毛一本でも高値がつくし、そもそも忍としての技量は下手なプロにも引けを取らない、等々云々かんぬん。

「それならお前も売り物になるな」
「僕は無理です」
「なぜ?」
「先輩よりも汚いから」
「それでも私は買い取るぞ?」
 間髪入れず。すんなり答えられて言葉を失った。分かり切っていたことだが実に喰えないひとだ。商品価値として自分とこの人とでは比べものにならない。自分を担保に競り合って負けるのはこちらの方だ、などと考えるがその先、自分を買い取ってこの人に何の利益があるのかさっぱり分からない、という思考にまで至る。そうしてぐるりと一周。銭の計算をするときのように素早く頭の中のそろばんを動かしたあとで、改めて吸い込まれそうな瞳を見つめながら結論を口にする。

「先輩を買い取っても、先輩に買い取られても、ろくなことにならなそうですね」
「それもまた、悪くないだろう?」
 狡猾な笑みを前に、自身の口角が上がるのが分かった。自分が彼を欲しいと思った理由は、やはり見目の麗しさや技能の高さだけではないのだと、確信しながら。



2016/01/13(改)




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