匂い立つ/白龍×ジュダル



 殊勝というよりは生気を欠いたような、ある種ゾッとさせる雰囲気をまといながら彼はそこにあった。欄干に背を預けながら、相変わらず瓦屋根に座し塊然として上方へ視線を投げかけている。皓々たる月光を浴びながら、それはまるで偸盗にでも刺殺されたかのような、不健康に青白く浮かび上がる死体である。いつもの嘲弄も、非道な言動も最早そこにはなく、年若く見える青年の姿をした器が存在するのみであった。

 だらりと垂らした腕が暗闇を裂き、傾いた首が無気力を示している。半開きの唇と瞳が危うい淫靡さを加え、こちらの視界に直接訴えてくる。

 自分は彼を本能的に怖れているのだろう。我が国の神官様、官僚はもとより、王でさえ手に余す自由奔放さとは裏腹、どこか飼い犬じみた所がある。あの黒を透かして視ても、国の未来は濁った暗闇でしかない。

「よお、こんな時間に何してんだ」
「神官殿こそ」

 さすがに視線には気付いていたらしい彼が口を開いたのを皮切りに、妙な反抗心がふつりと頭をもたげた。自分のものとは思えぬ平淡さが口をついて出て行く。彼と言葉を交わすときは大概こうなる。無気力な瞳に暗澹たる炎が宿ったのを見過ごしながら、居心地の悪さに苦言の一つでも浮かびそうだった。

「白龍」
「何ですか、神官殿」

 あくまでその名を呼ばない。まるで禁忌の言葉であるかのように。立てた膝に腕を乗せ、悠々と漆黒の髪を月に透かす彼はやはり不気味だ。

「俺はお前が好きだぜ」
「やめてください気持ち悪い」
「からかいがいもあるしな」

 彼には酷く子どもじみたところがあり、それにつられるのか未熟なことに俺自身も敵意を露わにしてしまう。そんな中、彼が不意に見せる世捨て人のごとき老成さを前にして、自分のその幼稚さに気付かされる。未熟さを呪うのは常だが、彼と顔を合わせるとどうしても冷静さを欠く。

「あのシンドバッドみたいに」
 独り言のような言葉を俺に向かって投げつけ、目を細めながら彼は唇を弧にした。

「お前みたいのがもっと増えたらいいのに」

 俺みたいの、ではなく、あくまで‘シンドバッドのような相手’を、求めているのだろう。勝手に誰かの代わりにされては気分が悪いのは尤もなことである。かえしかけていた踵をようやく返して、彼に背を向ける。だから関わり合いになりたくないのだ。
いつものように食い下がらないことに妙な感覚を覚え、死角に入る前に振り向き見上げる。すると、先ほどのような死に顔を空へ向けた彼がいた。彼は美しいからだとか、そういう俗物的な意味合いで空を仰いでいるのでは断じてないだろう。ただ抜け殻のその人は、訴えかけてくる魅力を確かに備えている。その事実が、俺の屈辱感に恥を塗り込む。

「俺は、あなたの傀儡にはなりません」

 おもちゃをなくしたような顔をしながら、彼は厭きもせず夜空に視線をぶつけていた。彼が思いを馳せる向こう側にすら不快感を募らせながら、その意味を知ることのない俺は頭をすら焦がしていた。


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