跛行/シンジュ



 この世の中に放り込まれた時点で罪人なんだよ。退屈は責め苦だ。毎日毎日退屈を課せられるってのがどんなものかお前には分かるか?分からないだろうな、特にお前には。

 俺にとっては一日が一年に感じられる。退屈退屈、刺激が欲しい、何か高揚するような刺激が欲しい。日常にはもう飽き飽きだ、第一興味もない。平穏に暮らす人間、私腹を肥やす人間、餓えて地面を這い蹲る人間、結局自分を世界の中心に考える人間。日常ってのはぐだぐだと長らく続いていく。そしてそれが続けば続くほど人間はもっとくだらなくなる。停滞する毎日は代わり映えなくどんどん俺の時間を増幅する。それを早めるものって何だと思う?――争い、争いだよ。特に命がけのやつがいい。命がけで目まぐるしく変化させていくことで人間も世界も高速で変わっていく。家畜に乗るとき尻を叩いて急がせれば世界が早く移り変わるだろう?ああいうことだ。戦い自体もいい。強えぇ奴が弱えぇ奴をなぎ倒して服従させるのも、力の移り変わりも、それをねじ伏せる強大な力も全部俺を楽しませる。力、戦争、争い。精神の力肉体の力統率力権力意志王たる資質、そういったものを輝かせるのは戦い、その最中なんだよ。

 日常の中で俺は溺死しそうだった。だからあの頃出会ったお前が気に入ったんだ。俺を唯一楽しませるだけの力。たった一人で俺をあんなに楽しませる。勝手にダンジョンを攻略されるのはまあ、むかついてはいたけど、それ以上にその力が俺を高揚させるんだ。だから思う。お前の力と戦禍が合わされば、とんでもなく面白いことが起きるんじゃないかと。

 お前には俺の退屈は分からないだろう。毎日毎日ぐるぐる忙しそうに楽しそうに生きてるお前には絶対分からない。だから俺の誘いをすげなく断るんだ。でも、力を得る快感は染みついてるだろ?それを振りかざして全てを掌握する快楽をどうして求めない。お前は心底面倒な奴で、理解がし難い。俺はお前と組んだときのことを空想する。身震いがするぜ。お前は俺が見てきた中でも断トツだ。だけど、俺の手を取れ、と言っても頑なに断り続ける。気に入らない。それでも結局、俺は、


「お前のことが好きで好きで堪らねえんだよ」


 なぜ折々に自分の所にやって来るのかと今更な質問に揚々とジュダルは答えた。その答えが心底気に入らないらしいシンドバッドは顔をしかめて押し黙る。ジュダルの手から溢れた果汁が腕を伝って肘からポトリと落ちていく。甘すぎる香りがむんむんとした室内に広がっている。彼は窓枠に腰掛けて町並みを見下ろしながら、味に飽きたそれを床にボトリと落とした。彼には見なくても分かっていた。シンドバッドが更に苦い顔をしたことを。

「こんなに嬉しくない告白は生まれて初めてだ」
「そりゃどーも」
 窓枠から下りたジュダルは重力を感じさせない歩みで、机に向かっているシンドバッドに歩み寄る。警戒をしていてもそれを隠して柔軟そうに見せるシンドバッドは、彼を前にするとこうしてすぐに表情を強張らせる。彼が肩越しに手を回して慕わしげに抱き付くと更に難しそうな顔をした。甘い香りが濃くなり、酔ってしまいそうになる。

「俺のことが好きなら、ここで穏やかに暮らせばいい。一日一善、人助けをして力を全て善へむけるんだ」
「考えただけで吐き気がするね」
「お前の力は使い方次第で素晴らしいものになる」
「なぁバカ殿、無駄だって分かってんだろ?」
 ジュダルが顔を覗き込めば、相手は肩を竦めながら見返す。その強い瞳、内面の強靱さを余すことなく表しているような強い瞳がジュダルを高揚させる。

「お前が正しい生き方をするなら、俺はお前を愛する」
「毎日公務して帰ってきたら俺にキスでもするってか?」
「誰よりも愛してやろう」
 シンドバッドの手が肩越しからのぼってきてその顎を捉える。間接一つ以上は違うであろう手が、武人として堅く、ささくれた、太い指が、倒錯的な色を含んでジュダルの肌を滑っていく。彼は人非人でありつつ、それを示すかのような確かな色つやを纏っている。純然たる事実として、シンドバッドはジュダルという存在に惹かれているのだ。ただし、その頑なな意志は一本真っ直ぐシンドバッドの背筋に伸びて今のジュダルを許してはいないのだ。

「やっぱりアンタは面白いぜ」
 ニヤリと笑って見せたジュダルが真っ赤に染まった舌先をシンドバッドの上唇に沿わせる。舌頭が唇の形を沿うように動き、開いた隙間から侵入してくる。ジュダルの香りと果実の香りが交じり合った、酷く扇情的な芳香を口内に受け止めながら、惑わすような舌の動きを捉え、絡め取り、主導権を無理矢理奪った。
 こちらの提案を呑まないのなら、代わりに他の方法で俺を楽しませてみせろよ、と戯れにジュダルが言い始めたのがそもそものきっかけだった。自惚れの強すぎる言いぐさを前に、結局それに付き合ってしまう時点で、シンドバッドはかなりの部分をジュダルに譲っている。その反面、ジュダルのシンドバッドへの執着は飄々とした態度では計り知れないほど強い。確実に形のねじ曲がった愛を享受するような口付けが、互いの唇を色付かせていく。

「好きだぜ、シンドバッド」

 詭弁でしかない言葉の組み合わせに耳を冒されながら、シンドバッドの指先は相手の頬に移っていた。


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