閻魔の色事/シンジュ



 自分がもう少し若かったら、彼の言葉にそのままいきり立ち、真っ直ぐに向かっていったのだろうと考えることがある。彼は酷く口が悪い。それがある意味、相手を誘う術であることも、またそれを惜しみなく乱用することも、理解した上で子供じみていると感じる。

 シンドバッド自身、そういった言葉は流すのが一番だと分かりきっている。しかしいかんせん彼は悪ガキにしては力を持ちすぎている。相手にするには少々骨が折れるのだ。なかんずくシンドバッドを気に入っているらしいジュダルはことあるごとに現れた。ダンジョン攻略の折に否応なく会うとき以外は大概機嫌はよいが、神出鬼没な上、扱いも難しいとあって厄介以外の何物でもなかった。それでも時折浮かべる若者らしい笑みを見ると、心穏やかになってしまうのは歳のせいなのだろうか。ともかく様々な意味で厄介、なのである。

 目に疲労を感じながら瞬かせて、眼下の読み物を閉じる。脇にあった手紙の一枚をめくりあげてそちらに意識を集中していると、窓の方から軽い足音が聞こえてきた。

「何してんだ、バカ殿」
 軽快な足並みで近付いてきたジュダルに無視を決め込むが、それも長くは保つまい。案の定目を三角にしたジュダルは容赦なく髪を引っ張ってくる。天下の大魔法使いにしては幼稚すぎる気の引きかたである。

「ジュダル……」
 容赦なく重要書類の乗った机に座り、シンドバッドと向かい合わせになったジュダルは足を机の端にかけながら満足そうに口角を上げた。膝に腕を乗せながら見下ろしてくる一見小生意気な子供、その尻に敷かれたサイン待ちの書類の有様を見たらジャーファルの立腹は免れないだろう。原因がジュダルであれば尚更だ。

「何の用だ、俺は今見ての通り忙しいのだがな」
「似合わねえことしてんじゃねえか」
 山積みになっている書類から一枚つまみ上げたジュダルは鼻を鳴らしてそれを放った。燃やされないだけましなので見逃すと、相手の足が鎖骨の辺りに押し付けられた。
「似合わねーの」

 その足を軸に腰を浮かせたジュダルが回し蹴りの要領で横顔に足蹴を喰らわせようとするのを、即座に足を掴むことによって防御する。バランスを崩しながらも空中で持ち直したジュダルは宙づりになりつつも床に手を付き、逆立ちの状態から手の力で反転し、起き上がる。その勢いで足を解放せざるを得なくなったシンドバッドは、一連の動きのまま繰り出される次の蹴りを交わし、最後に首を狙った一打を半月剣で受け止める。金属同士がかち合う音が室内に響いた。得物を通してガチガチと力の攻防が続く中、顔を近づけてきたジュダルが嘲ら笑った。
「その顔の方が似合うぜ」

 満足したらしいジュダルが一押しのあと得物をしまうのを見届けたシンドバッドも寄っていた眉間の皺を戻しながら半月剣を鞘に収める。

「相変わらず質が悪いなお前は」
「俺はさ、戦ってるときのお前が好きなんだよ。良心とか、優しさとか、そういうくだらねーことに頓着できねえくらい熱くなってる時の、お前の悪人面が」
 失敬な所も相変わらずである。肩を竦めたシンドバッドが散らかった書類を拾い上げていると、いつの間にかベッドに寝転がっていたジュダルは頬杖を付いていた。

「お前には戦いが似合う」

 いつものようにその先を続けることはなく、寝返りを打ったジュダルが何を考えているのかは見当も付かないが、買い出しに出ているジャーファルとマスルールが彼を発見する前に寝床へ帰ってくれることを願うばかりだった。


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