おねだり/シンジュ
「お前が結べ」
ニヤリと口角をあげたジュダルの、悪ガキじみた表情を横目にしたシンドバッドは、ジャーファルに渡された仕事の山へ視線を戻した。報告書に継ぐ報告書、サイン待ちの書類に各資料、無数の手紙に最新の地図。たった今終えた事務作業は全体からすれば薄皮一枚程度のものだろう。これ見よがしに仕事を置いていったジャーファルの意図は分かる。シンドバッドに対して、フラフラと外出しないようにという牽制だろう。早くも溜め息を漏らして背もたれに体を預けると、不機嫌そうな猫はまた声を上げた。
「無視してんじゃねぇよ」
毎度のことながら自分に呆れかえる。理性的であることは基本理念である。それなのになぜ自分は結局の所、彼に甘いのだろうか。書類の束に乗っている重石を少し上げ、その下の一枚を眼下に移す。そうしてこれ以上放置すると更に面倒そうな相手に一声応えてやる。
「何を」
するりと腕を潜り、膝に乗ったジュダルは向かい合わせのまま、一見屈託のなさそうな爽快な笑みを浮かべた。片腕をシンドバッドの首へ巻きつけ、床にまでつく長い髪を一房持ち上げた。
「これ」
またいつもの我が儘である。自由奔放天上天下唯我独尊の彼の主成分は我が儘で出来上がっている。とんでもなく無謀で悪辣な我が儘から、日常の何気ない我が儘まで多種多様である。甘やかされるのが当然といった顔のジュダルを、実際シンドバッドは現在進行形で甘やかしているのだ。膝の上に乗られている時点ではねのけるのが筋だろう。
「なぁ」
ジュダルは不思議だ。ありとあらゆる不思議を携えている。純真無垢な少年でありながら、娼婦のような一面を持ち、純粋で残酷だ。顔を近付けながら喉を鳴らしそうな彼は、ともすればシンドバッドの首に刃を突き立てそうでもある。
肘おきで頬杖をついて、いつもは結ばれている髪を見下ろしながら、シンドバッドは眉一つ動かさない。なぜ俺が、と言い放ったとて答えは分かり切っている。思考を読んだように唇を弧にしたジュダルは、その答えを口にする。
「お前が解いたんだから、お前が結べ」
こういう、少しの弱みに付け込まれることを分かっていながら相手を甘やかす自分の、俗っぽさが嫌になる。欲の塊である彼は次々にと要求してくるのだ。
頭のてっぺんに差し入れた指を下ろし、長い髪を梳きながら、肩ほどの位置で力を込める。引っ張られた方向に顔が動いたジュダルは瞬間呆気にとられた表情をしていたが、すぐにまた不機嫌そうに唇を尖らす。そこに噛み付いて数秒で離したシンドバッドは、相変わらず表情を変えずに言い放った。
「そういうのはもっと器用な奴にやってもらえ」
結局散々喚かれた挙げ句結んだ髪はぐちゃぐちゃだったのに、彼は面白いから構わないと一笑しただけだった。シンドバッドにとってジュダルの内面は、未だ分からないところだらけである。
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