空になった薬莢が落ちていく。 足下で軽く音がした。 そしてまた新たな弾をつめ、そしてまた引き金をひく。 単純な作業の繰り返し。 命を奪うことの繰り返し。 その罪は、その命は決して軽くない。
雨が降ってきた。 慈雨と呼べるようなものならばこの汚れた手を、心を洗い流してくれる気もして嫌いじゃない。 が、この雨はもっと激しく、耳なりのような旋律があの日の記憶を呼び起こす。 このような雨は好きではない。 "苦手"そう呼ぶに相応しい気もする。 それは奴にとっても同じだろう。
“雨の日の夜に1番大切な人を目の前で失った”
それが俺たちの共通点。 傷をなめあうようことなんて、初めは考えもしなかった。 しかし、俺が10年以上も隠してきた傷は1人では抱えきれない傷だった。 積み重ねてきた罪は、命は、1人では耐えきれないほど重くなっていた。 そのことを奴に気付かされた。 それは奴にとっても同じこと。 雨の日になると奴は双子の姉を、俺はお師匠様を求めた。
だから俺は花喃、奴は光明三蔵になった。
「か、なん」
奴が幸せそうに、しかし切なくも思える声音でかつての女を呼ぶ。
「………は、」
奴の名前を呼ぼうとした。 しかし実際に俺の口から出た名前は奴の名前ではない。
「…お…しょう…さ、まぁ」
別にお師匠様とこうなりたかった訳ではない。 むしろそんなこと考えたことなんて一度もなかった。 ただ、奴がそれを望むのだから仕方がない。
「かなん、かなん…!」
奴は俺に花喃を求める。 奴が求めているのは俺じゃない。 だから俺が奴を求める事は、今はその名を呼ぶことさえも許されない。
「お師匠様…もっと、」
目隠しをしているであろう奴の吐息を首筋に感じた。 奴の長くてキレイな指が体中を這う。 俺は奴の温もりを背中越しに感じながら奴の腕のなかで果てた。
「愛してるよ…」
襲いかかる微睡みの中で奴の声を聞いた。 敬語を止めたその言葉は俺に向けた言葉でないことを意味していた。 だが、朝になればいつも通り。 また奴は俺に向けて言葉をはなつだろう。
(ほら、三蔵!早く起きてください!) (……あぁ…) (昨日の雨もあがっていい朝ですよ) (……あぁ………おい、八戒) (何です?) (…いや、なんでもない)
そして俺はやっと八戒の名を呼ぶことが出来る。
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