三千世界を射た者 | ナノ


01

 柔らかな日差しはいつだって眠気を誘う。とは言え、雨の日だって眠いことには変わりはないのだけども。

「丑!」
「……。」

 廊下に寝そべっていた丑は、呼ばれた自分の名前に視線だけ動かした。

「寝るなら自分の部屋にしてください。いくら日差しがあるとは言え、風はまだ冷たいと何度も言っているでしょう。」
「……。」
「……立ってください。」
「やだ。」
「……。」

 淘午に掴まれた腕が力無く垂れ下がる。
 拒否の言葉を紡げば、淘午の眉間に皴が寄った。彼はよく皴を寄せるが跡が残ったりしないのだろうか。そんなことを寝ぼける頭の片隅で考えて、けれど口にするのは面倒に思えて開きかけた口を閉ざした。

「ちーうー!」
『?』

 ついでに目を閉じようとすると慌ただしい足音と共に、再び名前を呼ばれた。

「亥!」

 また淘午の叱声が飛んだ。
 どうせ聞き入れられるわけがないのに。ぼんやりと思うけれどやはり口にはしない。

「丑!その胸ちょーだい!」
「な……っ!?」
「……痛い。」

 突然胸を掴まれた。

「ちょーだい!」
「……いいけど。」
「本当!?」
「うん。」

 まるで菓子でもねだるかのように、やって来た亥は胸を鷲掴んだまま目を輝かせていた。

「……あ。」
「?」
「どうやって取ればいいんだろう?」
「……さぁ?」

 胸を掴む手を払う気にもなれなくて、とりあえずしたいようにさせているがそれさえ面倒臭い。持っていきたいなら自由に持っていって構わないが、方法は自分で考えて欲しい。掴まれた胸の内はそんなところだ。

「うぁ!!」

 不意に、亥が引きはがされた。

「亥、誰に何を言われたんですか……?」
「んとねー、寅雷から逃げててー、女の子なのにって言ってー、色気もないくせにって言われてー……。」
「十分です。」

 指折り数える亥に淘午が眉間の皴を濃くした。
 彼の心中を表すかのように空気中の水が集まっては弾け、火花のように音を立てている。

「丑、貴女はちゃんと部屋に戻ってください。亥、寅雷の所へ案内を。」
「いいよ!こっち!」

 胸のことなど忘れてしまったのか、亥は淘午の手を引き跳ねるように歩いて行った。
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