神は人に触れず。創世の時よりその誓いは固く守られ、神々はいかなる場合も人と交わることを良しとはしなかった。それは乱れを生まないためであったし、同時に人を守るためでもあった。しかし近年、人の生きる世に暗雲が立ち込め、乱れ始めた世の中に信仰の力は弱まり、神々の力もまた衰弱の一途を辿り始めた。
信仰こそ神々の力の源。揺らぐ天上と下界の拮抗を保つために、神々は一人の神官を呼び寄せた。
「参りましてございます。主よ、何用にございましょうか?」
「来たか、龍懿よ。」
神殿の前に立つのは、一人の神官だった。白い衣に身を包み、自らの黄金の瞳を隠すその男の名を龍懿と言った。
元は人の身であった彼は、神の末席に籍を置くことを許された唯一の神官であり、今は下界の監視を任されている。
「下界の乱れのことは?」
「承知しておりまする。」
「そのことについてお前に話がある。」
「……私に?」
空気を大きく震わせる音に、龍懿は僅かに首を傾げた。
「今や人々の信仰心は弱まり、我らの力もまた弱まる一方。このままでは天上と下界の拮抗を保つことは適わず、いずれは混沌を生むこととなるであろう。」
「故に、我らは人里離れた山奥に社を立てることにした。」
「社を?されど、それでは……。」
誓いを違えるのでは。その言葉を呑み込む代わりに少しだけ顔を上げる。果たして彼らはどんな顔をしているのか。
「分かっている。我らはあの誓いを破るわけにはいかぬ。そこでお前に社を任せたい。」
「お前を含め、十二の神官を集める。」
「集められた神官と共に人の世を治めよ。」
「……。」
それが当然であるかのように告げられる命令に、返す言葉が詰まる。
「……龍懿?」
「出立は、いつ?」
「早いに越したことはない。今日中に。」
「御意。」
龍懿は恭しく頭を下げた。
やがて空気が変わり、存在していたはずの神殿は靄となって消え失せる。
「……。」
話の大筋は理解出来た。多少屁理屈をこねているように思えるが、そうも言っていられないのだろう。彼らにとっては死活問題だ。
龍懿は溜息と共に衣を翻した。