三千世界を射た者 | ナノ


02


 一呼吸待って部屋の奥に視線を移す。


「聞こえたであろ?」

「……。」


 龍懿の声に襖の戸が滑った。

 しばし待つと俯いた申がゆっくりと出て来た。二人が話している間ずっとそこに身を潜めていたのだ。


「……申。」

「……。」

「来やれ。」

「……。」

「……やれ、顔を上げぬか。」


 龍懿は近付いて来た申の手を取り、自分の前に座らせた。


「俺……」

「……。」

「俺、分かってる。分かってるけど、貰ったんだ。嬉しくて、でも……、でも、駄目だって分かってて……っ」

「泣かずとも良い。主は聡い子よ。」

「……ん。」

「良い子だ。」


 目尻に光る雫をそっと指先で掬う。

 木霊にも申にも悪気はないのだ。悪気はないが、それが正しい行為とは言えない。申もそれを十分に理解しているため今回は咎めないことにした。


「……迎えが来たか。」

「迎え?」

「申!大丈夫!?」


 申が問い返すが早いか、荒々しく戸が開いた。


「亥!」

「逃げよう!」

「え?」

「淘午が申を怒ったから、私が淘午を怒ったの!でも、今度は淘午が怒っちゃった!」


 突然やって来た亥は、そのまま部屋に飛び込み申の手を引いた。

 どうやらこちらも淘午を怒らせたらしい。


「で、でも、俺……」

「行きやれ。気の立った馬は足が速いからなァ。」

「……確かに。ありがとな、龍懿!」


 僅かに戸惑いはしたものの申は小さく吹き出すと、笑って立ち上がった。そのまま戸を閉めることさえ忘れて駆け出す。


「さて、しばし休むと……」

「……。」

「!」


 龍懿が戸に手を伸ばした瞬間、腹部に何かが飛び込んだ。


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