一呼吸待って部屋の奥に視線を移す。
「聞こえたであろ?」
「……。」
龍懿の声に襖の戸が滑った。
しばし待つと俯いた申がゆっくりと出て来た。二人が話している間ずっとそこに身を潜めていたのだ。
「……申。」
「……。」
「来やれ。」
「……。」
「……やれ、顔を上げぬか。」
龍懿は近付いて来た申の手を取り、自分の前に座らせた。
「俺……」
「……。」
「俺、分かってる。分かってるけど、貰ったんだ。嬉しくて、でも……、でも、駄目だって分かってて……っ」
「泣かずとも良い。主は聡い子よ。」
「……ん。」
「良い子だ。」
目尻に光る雫をそっと指先で掬う。
木霊にも申にも悪気はないのだ。悪気はないが、それが正しい行為とは言えない。申もそれを十分に理解しているため今回は咎めないことにした。
「……迎えが来たか。」
「迎え?」
「申!大丈夫!?」
申が問い返すが早いか、荒々しく戸が開いた。
「亥!」
「逃げよう!」
「え?」
「淘午が申を怒ったから、私が淘午を怒ったの!でも、今度は淘午が怒っちゃった!」
突然やって来た亥は、そのまま部屋に飛び込み申の手を引いた。
どうやらこちらも淘午を怒らせたらしい。
「で、でも、俺……」
「行きやれ。気の立った馬は足が速いからなァ。」
「……確かに。ありがとな、龍懿!」
僅かに戸惑いはしたものの申は小さく吹き出すと、笑って立ち上がった。そのまま戸を閉めることさえ忘れて駆け出す。
「さて、しばし休むと……」
「……。」
「!」
龍懿が戸に手を伸ばした瞬間、腹部に何かが飛び込んだ。
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