遺跡探索-4 やばい、って思ったときには身体が勝手に動いて、彼女から腕輪を奪って遠くに放り投げていた。光をくるくると回転させながら、弧を描いて落ちていく。 発動してしまった魔術に真っ青になった僕らをさらに煽るように、腕輪は強く光り出す。宝石の嵌った飾り部分から魔法陣が出る時みたいに光の柱が強く出て、それがだんだん別の形を成していった。 輪郭はおおよそ人の形。ただし、大きい。僕の2倍くらいか。逆三角形の体型で筋肉質。顔のパーツの配置はおおよそ人間と同じだけど、大きな口には牙が生えているし、頭髪からは角が覗いている。手に持った棍棒は結構太くて恐ろしい。 「魔物?」 とすればヒューマノイドだけど、こういう形のは初めてだ。ルーファスも知らないようで、首を傾げていた。 「いずれにせよ、どうにかしないとヤバそうだ」 それは同感だ。無害なものが閉じ込められているはずがないのだから。ああ、これが哀れで可憐な妖精であったなら、物語みたいでロマンがあったのに……ん? 今なにか閃いた気がした。 けど、それどころじゃない。下に置いていた鉾槍を拾い上げる。魔物がこちらに向けてきた敵意は、人型のそれに匹敵する。ぼやぼやしてたら、全員肉塊だ。 「援護する」 「援護は任せて!」 背中に掛けられた声。一瞬頼もしいと思ったけど……ちょっと待て。 「前衛、僕だけですか!?」 2人とも僕の後ろに立つのだから、後衛に回る気満々だ。 「俺の武器はこれだから」 すっと右手を上げるルーファス。その手にあるのは棒手裏剣。そういえば、リズが投擲を使うようになった切っ掛けってルーファスだって聞いたことがある。 「私は魔術しか使えない〜」 この事態を引き起こしたうっかりさんは、杖を胸元に抱えて見せた。 戦う意志があるのは結構だ。でも、 「〈青枝〉は〈黒枝〉に次ぐ精鋭じゃあ……」 てっきり僕は武器を扱える――前衛に回ることができる人もいると思ったんだけど。ああ、でもそういえば、前に立てるような装備をしてる人いなかったな。 「根は魔術師だからな」 ……そうか。普通魔術師は武器使わないんだな。あの双子が規格外なのか。今度はそれをしっかり認識して外に出ることにしよう。そうしよう。 改めてハルベルトを握りしめ、前に飛び出す。前衛をやるからには、魔術師2人が魔術を使いやすいように注意を引きつけなきゃいけない。 相手の大きさは2倍。僕の頭の位置に相手の鳩尾がある感じ。そうなると上半身は狙いにくいから、下のほう……まずは足首を狙ってみる。穂先を下に持っていき、振り上げるように薙ぐ。斧頭がふくらはぎ辺りを霞めた。傷は入ったが、浅い。硬い。筋肉の所為か。 僕のほうを見た巨人は、手に持った棍棒を振り下ろす。地面を思いっきり蹴って躱した。そのままさらに2回飛んで間合いを取る。棍棒なんて刃を持つ僕らにしてみれば原始的な武器だけど、地面を抉ったりするのだから立派に凶器だ。 黒い針が飛ぶ。巨人の肉にかろうじて引っかかったそれは、遅れて魔法陣を描き出した。棒手裏剣の周囲が凍り付く。 「なるほど、リズの劣化版ってわけですか」 棒手裏剣を媒体にして、遠くで魔術を発動させる。ただ、リズに比べると技術は劣るから、その辺はマイナスってところか。そう考えると、立ち回りの仕方が少し見えてくる。 「劣化言うな! これ使いだしたのは俺のほうが先だ!」 結構小声で言ったつもりだけど、地獄耳だな。さすが小舅。 「私も、いっきまーす!」 さっきのうっかりさん――駄目だ、名前を思い出す気にもなれない――は蔦を数本出して、巨人に絡めてくれた。動きが鈍くなったのはチャンスだ。 跳び上がり、今度は高い位置を狙う。とりあえず、胸の辺りに穂先を突き入れた。入った。けど、やっぱり浅い。 槍にしがみつき、そのまま突き刺さってそうなのを、自分の重みを利用して抜いた。着地した衝撃を、1度地面を転がって逃がす。 蔦が切れた。魔力で維持するものだから、もとより継続的な拘束は期待できない。さっと僕は距離を取る。 うう、大きい相手ってやりにくいな。大きい分リーチも長くなるから懐に入りにくいし、拳とか足とかも大きくなっているので武器を持っていなくてもその分脅威。これで四足歩行なら背中に飛び乗ったりとかもできるけど、2本足でまっすぐ立っている相手にはそんなことはできない。 その後も何度か攻撃してみるけど、どうも決定打に欠けた。他2人もだ。ルーファスは凍らせる範囲が狭いし、氷柱を作っても小さめで致命傷にならない。もう1人の彼女も似たようなもの。火力が決定的に欠けている。 なんだか最近こんなことばかりで、腹立たしい。僕ってそんなに無力だったっけ。 悩んでいる余裕もないけれど、このまま持久戦っていうのもつらいのも確かだ。 どうにかならないか、と辺りを見回してみる。森とかと違って障害物がなにもない草原地帯じゃ、相手を撒くとか不可能。でっかい落とし穴とか考えたけど、地の魔術を操る彼女はそこまで大がかりなことはできないと言う。ていうか、やったことがないから自信ないと拒否りやがった。ダメ元でやれよ……と言いたいが、水の術に次いで地の術が得意な僕もできないので、そんなこと言えるはずもない。 ふと、下のほうでなにかが光った。……腕輪だ。銀色の、模様が入ったシンプルな腕輪。あの魔物が封じられていた魔具。 ――それだ! あれに封じられていたというのなら、また封じることだってできるはず。 魔物を無視して走り出す。棍棒を躱しながら腕輪の下に行くと、それを拾い上げ、魔力を込めて魔物に向かって投げつけた。 「このなかで、寝てろ――っ!」 ていうか、寝てくれ。 半分やけっぱちに投げつけた腕輪は、こつんと魔物の頭に当たると、宝石部分から魔術の光を放ちだした。出てきたときと同じように光の柱となると、魔物を包み込んで宝石部分に吸い込まれていった。 腕輪だけが、地面に落とされる。 それからしばらく僕らは固唾を飲んで腕輪を注視していたけれど、なにも起こらなかった。 うまくいったみたいだ。 ハルベルトを放り出し、その場に尻を着く。普段は死体とかあるから戦闘後にそんなことしないけど、今日は汚い物は何も残ってないからこんなことができる。新鮮だ。 空気を吐き出し、空を見上げる。 「なんだか最近、こういうことばっかりな気がする……」 遠征先ではヒューマノイドに遭遇し、〈凍れる森〉に行けば竜に遭遇した。めったに会わない強敵に遭遇しまくっているという、実にレアな状況。 「お前、運が悪いんじゃないのか……?」 腰に手を当て、呆れた様子でルーファスが言う。 「まるで僕が元凶みたいな言いかたしないでください」 ヒューマノイドなんてシャナイゼなら割と遭遇率あるし、〈凍れる森〉に行ったのは僕の意志じゃないし、今回のは明らかにレナードが悪いし。 そうそう、そのレナードだが。魔物が出てきたときにどうしていたのかというと、縛られたまま、ただ震えていた。偶然だが、レナードの傍で僕らが戦ってたものだから、巻き込まれたりするんじゃないかと怯えていたらしい。今は逃がしてくれてもよかったんじゃないか、と僕たちを睨みつけているけど、無視。そんな余裕なかったし、そもそも泥棒を逃がしてしまったら困るんだから、縄を解くはずがない。 「しかし、よく思いついたな。あれでもう1回あいつを封印するなんて」 「魔具は、基本的に繰り返して利用するものですから」 〈魔札〉は除くけど。あれはその代わりに発動の速さと嵩張らないことを追及しているから。 「たぶんあれは、呼び出したり閉じ込めたりを繰り返すための物なんじゃないかなーって」 まあ、賭けだったけど。 「さすがだな」 ふ、とルーファスが笑う。さすが“絶世の”が頭についてもよさそうな美形。男の僕でも目を惹く笑みだった。 ……それにしても、今日は本当にルーファスに良く誉められる日だ。いつもは叱られることのほうが多いから、なんだかこそばゆい。 「それで、これどうするの?」 少し離れたところで、うっかりさんがしゃがみ込んでこっちを見た。その手には、件の腕輪がある。せっかく閉じ込めたのをまた呼び出すんじゃないかとひやひやしたので、立ち上がってそれを奪う。 「僕が預かりますよ」 ハンカチで包み、少し悩んで腰袋に入れる。中の〈魔札〉は出して頻繁に使いそうな物だけ上着のポケットに入れた。残りは折らないように鞄の中に入れる。 「どうするんだ?」 僕がさっきと違うことを考えていることをなんとなく察したらしい。 「調べてるんです」 魔物を呼び出せて、閉じ込められる魔具。さっきも閃いたんだけど、これって〈精霊〉召喚に役立つんじゃないかって思ってる。一通りこっちで調べて、リグたちにも見せたら、なにかいいヒントになるんじゃないだろうか。 レナードの所為で遺跡探索は台無しだったけど、結果的に良い物拾ったな。帰りくらいは丁寧に扱ってやるか。 嬉しくなって、ついつい笑ってしまうと。 「……悪さするなよ」 胡乱なものを見るような目をルーファスが向けてきた。いつもならちょっと腹立つんだけど、今日は誉められてばかりな所為か、ムカついたどころか安心してしまった。 因みに。 あの腕輪は盗掘品なので、本来は〈木の塔〉に預けなきゃいけないんだけど、無理言って強引に貸してもらった。やりぃ。 [小説TOP] |