遺跡探索-2 その遺跡は、ケノスの隠れ家と呼ばれていた。 今から500年前、サリスバーグの北東の一部とシャナイゼの南西の一部が一つの領地だった頃、時の領主が嫉妬深い妻から愛人の存在を隠すために造った小さな屋敷だという。そこで2人は時折逢瀬を重ねて小さな愛を育んでいたらしいんだけど、そのうち奥さんに気付かれて、その愛人は毒殺されてしまった。まあ、割とよくある泥沼話だ。 そんなケノスの隠れ家だが、何故に隠れ家とした、と言いたくなるほど大きな城だった。いや、隠れ家にしては大きなだけで、城としては小規模かもしれない。けれど、愛人を隠す気はあるのか疑問を持つくらいには大きかった。 「全然調査してないんですか?」 こんな大きな建物だ、まさか今まで発見されなかったなんてことはないはず。だから今更調査っていうのは実はすごく不思議だった。 「表面的……目に見えるものを少し調べた程度だな」 「ほんっとに全然ですね」 観光客じゃないんだから。そこまで手を付けていないとは予想外だ。 だけど、それだけ見つかるものがあるということ。こういうのは久しぶりだから楽しみだ。 入り口の外でレギンさんからお言葉があった後、いよいよ調査に入る。それなりに多くの参加者がいる中で、僕はルーファスと組んだ。というより、彼が引っ付いてきたんだけど。 さて、肝心の城の中は、見た目の印象に反して、本当にここに愛人を住まわせていたのかというほど辛気臭かった。設えは豪華だ。色だってたくさんある。けれど、何処か灰色が纏わりついているというか。隠れ家というくらいだから、光溢れる、というわけにはいかないんだろうけど。 広い廊下を進む途中、ふと壁を見て、違和感を覚えた。ルーファスを引き止め、探ってみる。壁を撫でていると、なんとなく感触が違う気がするのだが、よくわからなかった。次に、荷物から線香を取り出して火を点け、壁に近づけてみる――煙が大きく揺れた場所があった。間違いない。 「この辺、空洞がありますね」 隠し部屋か、それとも階段か。なんだろう。こういうところにあるのは、だいたいお宝か見られてはいけない部屋とかだから、わくわくする。 扉となる継ぎ目は見えないけど、おおよその位置は把握した。今度は少し離れて怪しい物がないか見てみる。 「ルーファスはなにか見つけました?」 「いや」 本当かな。建築物は専門だったはずだけど。 まあいいや。スイッチを見つけるだけだ。 周囲を観察してみる。あるのは絵、花瓶か壺かを飾ってただろう棚、燭台。燭台が回せるとか常だけど、さすがにそんな簡単じゃなかった。絵の裏もなにもない。壺の中も埃しかない……ん? なんとなく、棚の下、床に違和感。しゃがみこんで見ると、脚の周囲に切れ込みみたいのがある。よく調べてみるために棚を退かそうとしたら、壺がかなり重いことに気が付いた。ルーファスと一緒に慎重に床に下ろす。2人がかりでもぎっくり腰を心配したくなる重さだったが、それだけの苦労をした甲斐はあった。棚の下の床が盛り上がったのだ。そして隠し扉が下がった。 「さすがだな」 壁に空いた暗い穴を見ながらルーファスが誉めてくれた。 「サリスバーグは、割とこの手の仕掛けが多かったですからね」 隠し扉を開くには、スイッチを押さなきゃならない。そんな心理の裏を突くような仕掛けがサリスバーグには割りと多い。これはスイッチを押して開くのではなく、押しっぱなしにすることで扉を閉めていた。原理としては、たぶんポンプと同じ――圧力を掛けることで扉が上がるようになってるんだろう。壺が異様に重いのは、そうしないと扉を上げていられないからか。 で、その穴の向こうだが、地下に降りる階段になっていた。 「行きます?」 「ああ」 ハルベルトに術を掛ける。物を依代に光を呼び出す術だ。地水火風のいずれにも属さず、かといって白や黒の呪術でもない魔術。こういうのがたまに存在する。 それで、斧頭が光る、なんていう面白いハルベルトができた。隠密には向かないけど、いろんな荷物の中で絶対に手放さない物だから便利。 中に入って振り返る。傍らに、迫り上がったスイッチがあった。中、外、どちらからでも開けられるようになってる。閉じ込められたりはしないみたいだ。 安心して、下に行く。階段は真っ暗で、その癖石でできているものだから滑りやすかった。ルーファスに注意を促し、鉾槍を逆さに持って足元を照らす。 「……あれ?」 天井が高くて、何処かから風が吹きこんでいる所為かなにか知らないが、ここはあまり埃が積もってないからわかりにくいんだけど、うっすらと靴跡があった気がした。まさか、と思いつつも注意深く下を見ていると、階段を降りきるまでにもう1つ足跡っぽいものを見つけた。 ……誰かここに来たのか? 半信半疑ながら、光を抑えて息を潜めて――ルーファスにもそう頼んで――階段から先に続く通路を行く。 1つ目の扉を慎重に開ける。誰もいなかったので、遠慮なく足を踏み入れる。 そこは、たぶん倉庫だった。いろんな物が雑多に散らかっている。服、装飾品、武器……そんなものがあちらこちらに転がっていた。 「……ここ、本当に調査してないんですよね?」 「そのはずだけどな」 でも、この荒れかたは物色によるものだ。部屋を使っている人が片付けられない人間だったとか、そういうのじゃない。例えば、武器の置いてあるところに、服を放り投げる奴がいるだろうか。そりゃあいないとは限らないけど、片付けられない人だって普通はそんなことしない。うっかり刃物で切ったらどうする。それもあんな高級そうな服。 落ちている物を見ると、誰かが触った跡があった。埃に指の跡がある。 「まだ新しいな」 間違いない。誰かいる。それも今だ。 「僕、ちょっと他も回って見ます」 部屋を飛び出し、廊下を走る。もし、〈塔〉の人間じゃなかったら盗掘者だ。早く見つけないと、貴重な物が持っていかれてしまう。 同じことを思ったのか、ルーファスも着いてきた。なにも言わずに飛び出しちゃったけど、いざ逃がしたときのことを考えると有り難い。 いくつか先の部屋に中から光が漏れてるのを見つけた。開きっぱなしの扉の影に隠れて様子を伺う。中の人物はがさがさとなにかを漁っているようだった。――やっぱり盗掘者だ。 ルーファスに目線で合図して、中へ飛び込んだ。 「誰だ!」 光の強度を上げると目に入ったのは、見覚えのある、がたいの良い中年男。 「……レナード?」 少し前、遠征に行ったときにサリスバーグの国境で偶々会った昔の同業者だった。 「赤眼か」 そういう風に僕を呼ぶってことは、やっぱりあいつか。 となれば、行動は1つ。 「……わっと!」 なにも言わず詰め寄って降り下ろしたハルベルト。光る斧頭が躱された。 「いきなりなにすんだ、お前!」 いい歳した男が、斧を振り下ろされてぎゃーぎゃーと喚く。うるさいな。 「泥棒の撃退に決まってるじゃないですか」 シャナイゼにある遺跡は、〈木の塔〉の管理下だ。入口にはきちんとそれを知らせる札があるし、見学には許可がいる。 それに、奴の傍らには背負い袋があって、さっきそこになにかを入れてるのを見た。 「昔のよしみで見逃してくれ」 寝惚けたことを言ってるよ。 「……そうですね。じゃあ、昔のよしみで、今こそ恨みを晴らさせてもらいます!」 そうやって意気揚々と武器を構え直すと、 「レン」 案の定、といえば案の定。一緒にいた先生のお声がかかりました。 「殺すなよ。後でいろいろ聞かなきゃいけないんだから」 「わかりました。殺さなきゃいいんですね?」 念を押すように訊くと、 「ああ」 実にあっさりとした答えが返ってきた。 …………あれ? 「止めないんですか?」 おかしいな。いつもだったらここで、やりすぎだ、とか怒鳴ってくるのに。 「今の俺は講師じゃないからな。それに、遺跡を荒らす犯罪者に罰を下さないわけにはいかないだろう」 「ルーファス……」 基準が凄い独善的なあたり、やっぱりこの人リズたちの友人だ。いや、それとも〈木の塔〉の連中みんながそうなのか。はたまた、シャナイゼの人間がそうなのか。 まあ、邪魔されないなら万々歳だ。遠慮なく、ぶちのめさせてもらおう。 [小説TOP] |