遺跡探索-1 忘れがちだが、僕の所属は、一応仮とはいえ〈青枝〉だ。何処かの遺跡から見つけた遺物を見られればいいな、なんて思って選んだのだが、じゃあそこで活動していたのかと訊かれると、その答えは否。僕が決めた研究室は今まで半閉鎖状態だったからね。 それが久しぶりにようやく研究活動を再開するというので、召集が掛けられた。〈青枝〉専用の会議室に現役、研修生総勢20人ばかりが集められる。木の刳り貫かれた塔の中、壁はやはり木を削ったそのままで、そこに〈木の塔〉の紋章が入った大きな布が掛けられている。それを背後にして女性が立ち、彼女の前には長机。僕らはそこに座していた。場所は年齢や立場に関わらず、適当。僕は入口に近いところに座っている。 「皆にはつらい思いをさせたね」 タペストリーの前の女性が切り出す。彼女は〈青枝〉の歴史・考古学系の研究室のまとめ役みたいなものだ。大学で言うと学科長みたいな立ち位置らしい。つまり、その分野で一番偉い人。因みにその上は枝長。 「でも、なんとか、予算を獲得することができました!」 研究室が半閉鎖状態だったその理由。それは、支給された研究費についての論争に明け暮れていたからだ。僕が見学に来たときにはもう始まっていて、それからもうずっと、4ヶ月余り続いたという。〈青枝〉の総攻撃で仕掛けたそうだ。だから研究室が機能しなかった。 なかなか見せてもらえなかった金額を、こっそりルーファスに見せて、ついでに解説もしてもらって驚いた。確かに少ない。〈赤枝〉みたいに高い薬品に金が掛かるわけじゃないとはいえ、あんまりな数字だった。 「まったく、経理の奴ら、私たちの研究には金が掛からないだろうとか抜かしやがるのよ。ふざけるなっていうのよ。目に見えて生産性がないってだけで舐めやがってさぁ」 悔しがる彼女に同調する周囲。そして、ようやく資金を勝ち取った彼女を称賛する声が漏れ始めた。経理に対する暴言も飛び交う。 確かに歴史系は目に見えた生産性はない。〈赤枝〉はいろんなものや手法を編み出してるし、〈紫枝〉は新魔術の開発だし、〈白枝〉は医療だから社会貢献度高いし、〈緑枝〉はいろんなデータを出してくるし。〈黒枝〉はなにも作らないけど、町村の防衛に当たるわけだからやっぱり社会貢献度は高い。 反面、〈青枝〉はどうだ。歴史というのは、結局のところただの読解でしかない。過去にあったことを記録や遺物から推測して知識を作り出すのが目的。そこから作り出されるのは、すでに過ぎ去った事実だけで、先進的な物なんてほとんどない。 そうやって歴史を馬鹿にするのは愚かなことだ、とみんな怒る。僕にはよくわからないけど、昔の魔具は結構面白いと思うし、そういうのを見るとやっぱり勉強になるから、昔の物を疎かにできないのは確かかもしれないな。 周囲が一通り騒いだところで、ぱん、と女性が手を叩いて気を引いた。 「さて、と。お金が入ったので、さっそくフィールドワークに向かおうと思います!」 活動再開宣言されても、なんか今更だなーって一歩引いた目で見てしまう。入ったばかりなら喜んだだろうけど、あのころの情熱がどっかに行っちゃったっていうか。いつかね、とずっと言われ続けて何ヶ月も経ってしまったら、どんな人間だって諦めるでしょ。 まあ、せっかく行くっていうから行くけどさ。 「場所は?」 反面、〈青枝〉のいるのが長い人たちはなんだか浮き足だっていた。研究室再開が嬉しいのか、それとも好奇心か。 「南西。なんたってサリスバーグの子がいるからね!」 他人事のようにぼうっと聞き流していたら、まさかの僕に話が振られた。 「……僕?」 なんで遺跡発掘に行くっていうのに僕が関係してくるんだ。 「今まで、あのあたりの遺跡に詳しい奴がいなかったんだ」 親切に解説してくれたのは、隣に座っていた歴史の講師ルーファス。問題児、となにかとがなる彼だが、友人の友人ということで、結構僕を構ってくれたりする。 その南西部の遺跡っていうのは、どうもサリスバーグの流れも組んでいるらしい。国境の辺りだから、もしかしたら昔はあちらの領土だったのかもしれないと。なるほど、それでサリスバーグの知識が欲しかったわけか。でも、僕がしてたのって所詮盗掘で金銭目的だったから、詳しいなんていうほどじゃないんだけど。 日程、道程、探索計画。それらが詳しく話された後解散となった。 「ルーファスも行くんですか?」 彼にくっついて会議室を離れた僕は尋ねる。僕もリオと仲良くなるまでまともな友人関係を気付いてこなかったから、ルーファスのような友人の友人という関係をつい宛てにしていた。その癖がまだ残ってるんだ。 「ああ。俺だって、本業はそっちだからな」 講師ばかりしているからそっちのイメージが強いけど、本来のルーファスはきちんと歴史学者だった。確か、2、300年前の建築物に施された魔術的作用とかなんとかがテーマだったかな? ……このあたりは歴史となると2、300年前が多い。現代魔術が発達し出したのがそのくらいだから仕方ないけど。 「しかし、正直助かった。これ以上長引いたら〈青枝〉を離れる奴がたくさん出てきただろうからな」 お前もそうだろう、とルーファスは言う。お見通しか。 最近は〈赤枝〉でもいいかな、なんて思いはじめている。普通、技術的な問題から魔具技師はそこに所属するみたいだし、実際ルビィだってそう。一応理由があって〈青枝〉を選んだ僕だけど、目的だった昔の魔具は、さっきレギンさん――まとめ役の人――が言った通り予算の都合で遺跡発掘に行けなくて手に入らなかったし、もともと発掘されたものはその間に大方見てしまった。そしたら図書室の当番しか〈青枝〉らしい仕事がなくて、だんだんなにやってるんだろうって思いはじめてきて。この前アリサさんのところで魔石について聴いて、そっちにも興味が出てきたし、だったら移籍してもいいんじゃないかと、それこそルーファスの心配の通り思っていたのである。 「いてくれれば助かるんだがな」 ルーファスは僕の様子を伺うようにこちらを見た。 「俺たちみたいなのも減ってきているのも事実だしな……」 僕の同期でも、〈青枝〉を希望する人間は少なかった。僕を含めて4人。うち2人は真剣に歴史が好きな人間。残る1人は魔術倫理について学びたい変わり者だそうだ。 「つまり、過疎ってる研究室から人を逃がしたくないと」 そう返したら、ルーファスは鼻白んだ。人聞きが悪いっていうんじゃないんだろうけど、直接的に言われるとやっぱり来るものがあるからね。 彼は観念したように息を1つ吐く。 「予算削られていることからも分かるように、最近人気ないんだよ、〈青枝〉」 60人くらいの新入りが居るなかで、〈青枝〉希望者が5人以下という状況がここ数年続いているらしい。1、2年くらいのことなら大したことないが、それが積み重なると他所との比率に差が出てきてしまう。それが今一番の悩みなのだそうだ。 「まあ、実際魔術とどう関係あるんだっていうのがよくわからないところですからねぇ」 おさらいしておくと、〈青枝〉は歴史・倫理的な観点から魔術を読み解く、というのがコンセプトの部署だ。 歴史というのは、昔、魔術によってどんな事象が引き出されたか、あるいはどんな魔術が求められたか、を調べあげるのが中心。まあ、それをしてる多くは、魔術師というよりもただの歴史好きだったりする。 倫理というのは、いろいろあるけど、つまるところはどんな魔術が許されて、どんな術が許されないかっていうことを定義付けたり、その論拠をあげるのが仕事。新しい魔術ができたときに査定に入る人たちは、たまに〈黒枝〉じゃなくてこちらに来ることがある。〈黒枝〉から移籍してくることもある。 簡単に言うとそんな感じだけど、いずれにしろ、それを学ぶ意義を知らない人たちからしてみれば、ただの知識の発掘でしかなくて。 みんなやっぱりただの知識の蓄積よりも、先進的なことがやりたいんだろう。それは魔術師の性なのかもしれない。世の歴史学者は嘆くかもしれないが、〈木の塔〉の本質は魔術研究なのだから、仕方がないかもしれない。 でも、その分野が廃れるっていうのも、あんまりいいことではないんだよな……。 「ルーが直々に勧誘すれば、女の子が大量に釣れるんじゃないですか?」 口説かなくても顔だけで講義に人が集まるのだ。口説いたらそれはもう、たくさん釣れるに違いない。 「勘弁してくれ」 さすがにモテている自覚がある――周囲が美人だのモテるだの囃し立てているのに自覚がないわけがない――ルーファスは、冗談じゃない、とばかりに顔を顰めた。 [小説TOP] |