苛む過去-6 故郷を追い出された、それまで海辺でその日の食料を探していただけの12歳の子どもが、1人でなんとか生きていけるはずもなく。 辿り着いた町の路地裏で、手伝ってくれれば金をやると言われて、空腹に耐えかねてついつい頷いてしまったのが運の尽き。僕は遺跡探索の罠除けとして使われた。ようは、罠がありそうなところで先に歩かせて、どんな罠があるのか確認するのだ。 普通だったら死ぬところだけど、そこでは微妙に運が残っていて、掛かっても回避できるような罠ばっかりだった。魔術の心得がちょっとあったことも幸いした。そのお陰で、使い捨てにされるところをなんとか生き残ることができたのだ。 そこでなんとなく遺跡探索の要領を掴んだ僕は、僕を拾った奴に倣って宝探し屋をはじめた。理由は3つ。僕が宝飾品なんていう綺麗なものが好きだったこと。発掘品を売り払えば手っ取り早く金を手に入れられること。そして、魔道具に興味を持ったこと。 その年頃になると有りがちだとは思うが、姉のこともあって僕は力が欲しかった。姉のような人が出ないようにしたり、救ったり、あの外道魔術師を潰すことができるような特別な力が欲しかったのだ。僕が目にした魔道具は、その可能性を示してくれるもの――つまり、僕が習ったりそこらへんで見た魔術とは違う様相をなした術を扱える道具だった。だから、遺跡を探し回れば、自分が望む物も見つかるんじゃないかと思った。 そうして遺跡に潜ることを繰り返していると、レナードのような同業者と否応なしに交流することになった。人が多ければ、知識も多い。協力関係を結ぶのは当然の流れだろう。 ただ、こんな稼業だ。録な連中がいるはずもない。見つけた品を掻っ払われたり、独り占めするために命を狙われたりなんてことはままあった。特に僕は子供だと侮られて頻繁にそういう目に遭い――一緒に行動していた同業者を殺してしまうということが幾度かあった。 「その所為で僕は嫌われ者ですよ。自分の身を守っただけなのに」 レナードを追い返し美味しい食事を再開させると、どういう知り合いかとヨランが訊いてきたので僕はまた過去を話した。奇しくも、この前話した、故郷を追い出された話の続きだ。 「小説みたいな人生を送ってんな、お前」 「そうですね」 答えて、自分が敬語を使っていることに気がついた。ヨランたちには普通にタメ口をきくようになったのに、ここで戻ってしまうなんて。やっぱあの男の所為だろう。 慇懃無礼(らしい)な敬語は、奴らと居るときに覚えた。敬語を使っていれば取引してくれる人にある程度いい印象を持たせることができるし、嫌な奴相手には壁になる。……と言い訳して、意地になっていただけな気もする。大人ばかりの世界で、自分も早く大人にならなきゃいけない感じがして、その第一歩が敬語だった。 まさか、無礼と言われるまで評判悪いとは思わなかったけど。馬鹿にされてる気がする、とまで言うなんて、本当に酷い。 思考が横道に逸れた。ヨランがなんか胡乱な目でこっちを見ている。 「まさか、そのあと王家の宝とか盗んだりしてないよな?」 なーんておずおずと訊いてくるが、 「……惜しい」 なんとむちゃくちゃ心当たりがあるのだった。 2年前、小さな国の王城に侵入し、破壊神アリシアが使ったという剣を盗もうとしたことがある。僕にとっては初めての遺跡以外での盗みだが、忌避していたそれを実行してしまうくらい神の遺物に興味があった。結果としてそれを僕が手にすることはなく、代わりに手にすることになってしまったお兄さんに付き纏って、禁術騒ぎ、果ては戦争に巻き込まれてしまった。こちらもまさに小説っぽい。 ……生まれてたった16年だというのに、我ながら壮絶な人生だ。あまりにいっぱいすぎて、寿命短いんじゃないかと思う。 因みに、それは僕にとってはいい思い出に分類される。いい人たちに会えたし、仇を取ることができたし。 「まあ、人生冒険してなんぼですよ」 人生適度にスパイスは必要だ。喉元過ぎれば熱さを忘れていい話のタネになるし、だいたいそういう話って誰もが一度は憧れるものだし。そんなことで済ませられないようなこともあるけど、どうしようもないんだからうまく折り合いをつけていくしかない。 嫌な過去の中にだって、良かったことは1つくらいはある。魔術を覚えることができたり、遺物や装飾品に詳しくなったり。 「ほどほどがいいなぁ、俺」 空を仰いでヨランは言う。その気持ちもわからないでもない。今の穏やかな日常が気に入っているだけに、それを壊されるような冒険は僕もごめんだ。 その夜は宿に帰り、皆へのお土産は翌日に買った。こんな辺境でもいろいろなものがある。現在のサリスバーグの技術力の片鱗も見えた気がして、なかなか有意義な買い物だった。 増えた荷物は、けれど小さく、持ち運びは楽勝。帰り道も問題なし。 その後はアナイスとヒルダも交えて食べ歩きして回り、夕方には予定通り護衛対象も到達した。お客様は行きと違って、馬車がたった2台の規模の小さいものである。人間はたったの6人――つまり一家族。正直小隊3隊も必要ないが、近日中でシャナイゼに行きたがった人がこの人たちしかいなかったから、やむを得ない。小隊をいつまでも逗留させておくわけにはいかないし、別々に帰る意味ないし。 その夜は顔合わせだけ。隊長たちだけは残って打ち合わせをした。 出発は明日の朝。 いろいろあってホームシックに掛かることはなかったけど、ようやく帰れるんだ。 たった2年しか暮らしていないけど、頭の上に大きな木の枝がないと落ち着かない。 [小説TOP] |