苛む過去-4 ……あれ? 今僕、余計なこと言った? サリスバーグでの生活を思い出しているうちに、ついつい連鎖的に思い出して……喋ってしまったみたいだ。だってほら、話を聞いてたヨランが、僕のことを同情的な目で見ている。 暗い話をするつもりはなかったんだけどなぁ。しまったなぁ。 「なるほど、お前が魔物にあんなに過剰に反応するわけだよ」 うんうん、と馬上なのに腕を組んでヨランは頷いている。随分重く受け止められてしまったらしい。あんまり同情されるのは嬉しくないんだけどなぁ。 でも、その感想は正解で、僕の魔物嫌いは姉さんが合成獣になってしまったことに起因する。合成獣なんてものがあることが許せなくなって、次第に憎悪に変わっていった。魔物が合成獣の子孫だと知ったら魔物にまで、魔族のことを知ったら魔族にまでその憎悪が移行した。 「ティナも、姉さんのことを思い出すから嫌だったわけだな」 「そんなところ。……ティナについては吹っ切れたつもりだけど」 ティナを姉さんの代わりにはしたくない、と思っているけど、絶対に違うかって訊かれると断言できる自信がない。深層意識ではやっぱりこだわってるんじゃないかとも思ってる。だってほら、ちょっと昔のこと思い出しただけで喋っちゃうんだし。相手がヨランだからっていうのもあるけど。 「ハルベルトにこだわってんのも、そういうわけか」 「うん、そう。なんか執着しちゃって」 姉を殺した武器だから捨ててしまいたいと思ったことも何回もあったけど、だからこそ捨てられないって気持ちもあった。そうしているうちに扱いなれちゃって、余計に手離せなくなった。 ……こうしてみるとトラウマってなかなか凄い。僕の人間性の半分くらいがこれで出来上がってる気がする。思い出して辛くはなっても、精神に異常をきたすほどじゃないのになぁ。 「因みに、その魔術師ってどうなった?」 「ちゃんと殺したよ、2年前にたまたま遇って」 あれは本当に幸運だった。復讐のために生きてたわけじゃないけれど、生かしておいたことは本当に心残りだったからね。このときばかりは運命ってやつに感謝した。 「殺……っ」 絶句するヨラン。その様子に僕は笑う。 「いいでしょ? 〈塔〉でも生死問わずで指名手配されてたんだし」 奴は〈木の塔〉に所属していてシャナイゼでも人体実験をしていたから、こちらでもれっきとした犯罪者だ。もちろん〈木の塔〉は見過ごすことなく捕まえようとしたんだけど逃げられてしまって、以後リヴィアデールの西に点在する支部も巻き込んで全国的に指名手配していたらしい。懸賞金は高額で、最初の1年は躍起になって探した人が多かったんだけど、まさかのサリスバーグに居たため、見つからずに放置されるようになってしまっていたのだという。ま、僕はそれは知らずに復讐心で殺したんだけど。 懸賞金? もちろん貰いましたとも。新しい生活を始めるにあたって資金ができたことには、感謝してやらなくもない。 「〈黒枝〉なんだから、人殺しくらいのこと気にしちゃ駄目だよ?」 シャナイゼを脅かすのは魔物だけじゃない。人間はどこでもなにかと犯罪を起こすものだし、シャナイゼの人間がなることはあまりないけど、野党が流れついてくることもある。それを処理する過程で殺さなければならない状況もあるはずだ。 「……わかっちゃいるがなぁ」 いつか来るかもしれない暗い未来を思って憂鬱そうに溜め息を吐いている。殺人の言葉にここまで反応するのは、そういうことと無縁で育ってきたからだ。シャナイゼは魔物の被害が多い分、人間同士で争う余裕がないからそういった犯罪が他と比べて少ない。それを平和って言ったら怒られるんだろうか? だとしても、ちょっと羨ましい。 まあ、いざとなったときに躊躇わなければいいだろう。そうでなきゃ、危ないのはヨラン自身だ。 ふと、視界になにかが入る。敵かもしれないのでじぃっと見つめると、やっぱりそれは動くものだった。目を向けたまま、ヨランに告げる。 「10時……いや、11時の方向、鳥型魔物がいる。ダチョウみたいなやつ。たぶん襲ってはこないと思うけど」 僕の視力は、魔物の早期発見に大きく貢献している。だから僕は隊列の前のほうに配置され、魔物を見つけ次第すぐに報告する役割を押し付けられていた。と言っても、1人だけでは大変なので、僕は左翼担当。右翼は、草原育ちの13小隊のお兄さんが見張っている。 「一応後ろに声掛けとくか?」 「そうだね。お願い」 答えるとヨランは馬の速度を落とした。伝令はヨランに任せて、僕は魔物に動きがないかを観察する。そのダチョウは虫でも探しているのか、嘴でのんびりと地面を掘っていた。 このまま襲ってこなきゃいいんだけど。 僕の良い視力で魔物との衝突を回避できたこともあって、道行は順調だった。予定通り、4日目の夕方前には沙漠に差し掛かったのである。これから礫砂の海を越えて向こう岸に辿り着いたら野営となるだろう。 シャナイゼの縁にやってきたこともあって、一部の護衛たちの気は緩みつつあった。沙漠の向こうは魔物の少ない土地。これまで以上に気を張らなくていいのだと思っている。 「こらぁお前ら。終わるまで気を抜くんじゃない」 ニール隊長が叱咤するが、そんな緩んだ注意で気が引き締まるはずもない。 僕は僕で、故郷が近づいてきたこともあってなんだか落ち着かなかった。不謹慎とわかっているが、魔物が来ないかと思っているくらいだった。 暴れたい。 生まれた村は遠いくせに、故国が近づいたくらいでこんな落ち着きがなくなるのはなんでだろう。そんなことあるわけないのに、あの国の空気を吸った瞬間に忘れてたことも思い出しそうな気がしてしまう。物心ついてからの思い出は嫌なことばかりだ。嫌なことだから強烈に頭の中に焼き付いているのかもしれないけど。 「着いたらさぁ、土産物探しに行こうぜ。リオとかミンスとかが喜びそうなやつ」 あまりに突然の話題に、思わず呆けた。口を開けてしまったから、中が少し乾く。はじめて他国に行くから浮かれてるのかな。他の人の例に漏れず、顔緩んでるし。 それにしてもお土産、ねぇ。国境近くの町だから、いろんなものが置いてあるとは思うけど。 「ティナにはないんだ?」 「それはお前が探せよ、お兄ちゃん」 確かに。1回会ったきりだから、ヨランがティナに土産を買う義理はない。 うん、でも買い物しに行くとなれば、気分が変わってきた。なにせサリスバーグだ。国の端っこの街でも面白いものはあるに違いない。新しい技術で作った装飾品とか、使えそうな道具とか、なんかないだろうか。 ……こんな簡単なことで気を逸らされるあたり、僕も簡単だと思う。そして意外にヨランって侮れない。狙ってやったんだろうか。 なにはともあれ、沙漠越えだ。 今さらながらにシェタ沙漠の説明をしよう。この沙漠は大部分が礫沙漠――ようは砂よりも石小石が多い沙漠だ。リヴィアデールの国土の東からだいたい3分の1くらいのところを南北に伸びている。その東がシャナイゼ。幅は場所によってさまざまだけど、リヴィアデールの西から東へ向かうなら、だいたい沙漠越えに1日は要する。南に下りてサリスバーグに向かうなら、2〜3時間で済む。 でも、たった数時間の行軍とはいえ、時間帯と持ち物に気を付けなければ脱水症状を起こす。沙漠の気温は太陽が高いと気温は50℃近くまで上昇するので、真昼の行軍は無謀だ。かといって夜は夜で氷点下。しかも今日は月の出が遅いし細いから、やっぱり夜も無理。ということで、沙漠越えには夕方を狙った。 だいぶ日が傾いてきたとはいえ、日中陽に焙られた石ころがまだ熱気を発していて、下からの暑さにうんざりした。これでもまだマシだっていうんだから、本当に嫌になる。それでも馬に乗って地面から離れているからまだマシだ。本当だったらラクダって生き物を使うところ、短い距離だからって強行軍させられているんだから、本当にこの子には感謝しないと。 日が沈む方向から風が吹く。熱気を含んでいても、空気が動けば少し楽。 暑さと溜まった疲れに周囲は黙り込んだまま、行軍を進めた。目印もなにもない広大な大地の中を行く。時折、仲間の進路支持の声が聞こえる。 そうしておよそ、2時間半。陽が沈み、空が薄暗くなった頃に沙漠を抜けた。そこからまだ少し行って、完全に暗くなる前に野営地を決めた。 「あと1日の辛抱だ。そしたら、硬いベッドと風呂が待ってるからな」 くたくたで指揮が落ち込んだところに投げかけられた、第12小隊隊長の言葉。これが全員――特に女性陣――の残り1日の活力になったのは言うまでもない。みんな汗だくで砂まみれの身体をどうにかしたかったし、敷物を引いた地面の上でなく温かく布団の中で眠りたい。そんなささやかな希望が目の前にあると知って元気を取り戻した、といったところかな。 単純というなかれ。そんなささやかな幸福は、人生の大部分を占めるんだよ。 ……にしても、ベッドはふかふかじゃないのか。大きいとはいえ、国境の田舎町だから、仕方ないか。 [小説TOP] |