試作品、思索品 「リオ、今日の午後空いてる?」 朝。講義の前。リオを見つけた僕は、隣に座ると筆記用具も出さずに尋ねる。声掛けられたほうはきょとんとして僕を見つめた。 「えっ……うん、特にこれといってないけど」 よし、やった! リオまで駄目だったらどうしようかと思ってた。 「じゃあ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」 「なに?」 「新作魔具のテスト」 僕が時間の合間を縫って作った、あの魔具である。 「完成したんだ」 「そう。だから、様子を見たくてさあ」 「兄さんたちは?」 ここでいう兄さんたち、というのは双子のことだと思う。腕のある魔術師で、僕が一番気安くお願いできる相手、といったらやっぱりリグとリズだから。それに、彼らはそういった分析が得意らしい。 とまあ、本当だったら今回のことにうってつけなので、是非頼みたいところだったんだけど。 「研究室の鬼気迫った状況見てない?」 進展したのか、それとも逆にしていないのか、あの研究室にいる連中は最近常に苛立った状態だ。食事も作業しながらとっているみたいだし、普段はあれでなかなか喧嘩をしない幼馴染の3人がしょっちゅう怒鳴り合っているらしい。恐れをなしてグラムが遊びに来ないほどだと言えば、どの程度なのかよくわかっていただけると思う。 「……ああ、うん。無理だね」 思い出したらしいリオは、ひどくげんなりした表情を浮かべていた。なにせジョシュアの弟だ、僕より彼らに接触する機会が多いから、もしかすると被害に遭っているのかもしれない。怒ったり苛立ったりすると手の付けられない人たちばかりだから、少し同情する。 それはさておくとして。 訓練場を借りられたことを報告し、そこに集合することにした。 「それで、なにするの?」 午後、訓練場。リオだけでなくヨランも引っ張り込んで事に当たることにした。人数が欲しかったのだ。使用者と観察者、だけではちょっと足りないから。 「実地試験というか……そんな感じ」 「あ、嫌な予感」 なんかヨランが逃げようとしたので、しっかり二の腕を掴まえておく。 「僕とヨランが戦って、僕がこの魔具を使う。リオにはそれを見ていてもらいたいんだ」 作った魔具は護身用。なにもないときに魔術がきちんと発動することは確認済みだから、ここぞというときに使えるか、ということを確認しなければいけない。出て欲しいときに出てきてくれなきゃ、ただの手品道具でしかないからね。だから擬似的に僕が襲われる状況を作って、その様子を見てもらわなければいけない。3人必要なのはその理由。 「やっぱ俺は的か!?」 「嫌だなぁ。防御系の術なので、的じゃあないですよぉ。吹っ飛ぶかもしれないけど」 剣を防がれたらその反動が手首に来る。たまに剣が弾き飛ばされることもあるんだから、その程度は想定範囲内のはずですよ。 「意図して敬語使ってくるあたり嘘くせぇ!」 たまに、僕は他人からどういう目で見られているんだと思う。ヨランに限らず、みんなから。行動が過激だ、とか、やり過ぎるなよ、とか、まるで自制心のない人間みたいな言われ方。 まあそれはそれとして。 「死ぬような術じゃないから、安心して。僕が作ったのはあくまで護身用の魔具なんだから」 本当に攻撃を防ぐだけの術だ。人を殺すほうがかえって難しい、ただの防護の術。既存の術の魔法陣を使っただけで、魔術自体にアレンジはしてないというのに。僕がただの魔具技師だってことをたまにこいつ忘れてるんじゃないかな。 「過失致死もしょうがないなの護身用?」 「……お前が僕をどう見ているのかがよーくわかりました」 さっきから死ぬ死ぬって。僕は自分を手伝ってくれる人を殺してしまうような外道な人間じゃないというのに。 「これを使ったお嬢さんが、うっかりで人を殺したりしたら大変でしょ? そういうところはちゃんと考慮してる。まあ、その調整が上手くいっているかを調べるためのこの試験なわけで」 「加害者――というか被害者というか――にまったく配慮していないのはお前らしい。……可能性を否定しないのも」 人を襲って、返り討ちに会って大怪我したり死んじゃったりするのははっきり言って自業自得だ。気にするわけがない。でも、正当防衛で人を殺しちゃった人は一生それを引き摺るんだから、そこはきちんと考えてあげないといけないよね。 「で、僕は発動時間とか、威力とか、あと魔力拡散量とか、そういうのを見ておけばいいの?」 「さすがリオ、話が早い!」 リオと出会えたことは、僕の中でもかなり得した点だと思う。頭がいいからこっちの言いたいことを察してくれるし、人が好いから頼み事も引き受けてくれる。ちょっと気弱で引っ込み思案なところはあるけれど、そんなの大した欠点にならないくらい、リオは凄い。……僕がここまで言うんだから。 「とにかく思いついたこと、なんでもいいから書いておいてくれると助かる。あと、一応使った回数も。戦ってるとさすがに集中して数えてらんないから」 うんわかった、と返事するリオ。ヨランと違って素直だなぁ。 感心してると、横から大きな溜め息が聞こえた。 「……まあいいや。手加減しろよ?」 僕らがその気なのを見て、さすがに諦めたらしい。渋々といった様子でヨランは得物を取り出す。 「したらデータの信頼性がなくなる」 ほどほどに使った程度のデータでいったいなにを知れというのか。こういうのは、限界――せめて上限だけでも知っておかないと、誰も性能を信用してくれない。 ……しつこいようだけど防ぐだけだから、手加減もなにもないんだけどね。 「鬼かお前は!」 わめきながらも協力してくれるのは、信頼の証と受け取っていいんだろうか。なんか素直に喜べない。 いささか釈然としないことはあるけれど、今はそれを追及するときじゃない。いろいろ言いたいのをぐっとこらえて、臨戦態勢を取る。ヨランは剣があるけれど、僕は魔術付加の装飾品だけで丸腰同然。ちょっと怖い。武器は持っているだけで安心感があるんだな。 ヨランがさっと間合いを詰めてくる。距離を測り、剣が振り下ろされるタイミングを計り、首に掛けた魔具に魔力を流した。光る緑の魔法陣。そして僕の前には、全身が入るほどの大きさの薄い結晶の半球が現れる。 ヨランの奴、腕を上げたな。一瞬ひやりとした。まだたいしてまともな仕事に行っていないのにこんなに強くなったのは、教える師が良いのだろうか。 越されることに危機感を覚えつつ、集中。今の僕は魔具技師。〈青枝〉の僕より〈黒枝〉のヨランのほうが剣を握っている時間が長いんだから、成長が早いのは当たり前。 「いいよ。もっと打ち込んで」 びびったとは意地でも言ってやらない。 繰り返される連撃を、同じ魔具を使って防ぐ。たまに間に合わなくて自分で動かなければいけなかったけど、何回か繰り返すと感覚も掴めてくる。 「よし、いい感じ。リオはどう?」 紙に書かれた小さくて丸い字。走り書きだから一見して乱雑だけど、よく見るときちんと見分けがつくように系統だてて書いてある。使える記録がみんなある。 リオのデータに満足してると、ヨランが試験明けのような晴れ晴れとした表情で寄ってきた。 「よし、じゃあ終わりだな?」 そんなに嫌だったのかこいつは。 「いや、まだまだ。あと1個ある」 え、とヨランが固まった。そこににやりと笑って追い打ちをかける。 「今度はさっきのと違って凍るから」 「ちょ……」 さっと血の気が引いていく。みるみるヨランの顔が青くなっている。面白い。 が、あんまりいじめすぎると可哀想なので、早々に種明かしした。 「君を凍結させるわけじゃないよ」 いくら治療術があるとはいえ、むやみやたらに人を傷つけるわけがない。狙うのは訓練場にある木製の案山子。ちょっとした魔力で動き回ってくれる(移動だけだけど)優れ物。壊れるの前提で置いてあるから、遠慮なく凍らせることができるのだ。 だから、魔具のテストはまだだけど、ヨランの出番は終わりだ。 「本当か?」 「…………」 疑り深い目で見られた。え、本気で実験台にすると思われてるの? そんなに僕って信用ないのか? ちょっと落ち込んでいると、後ろでリオがけらけら笑った。 「日頃の行いが悪いんだ」 はじめてリオに殺意が湧いた瞬間だった。 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 「ティナ、話が」 帰ってきてそうそう、僕はティナを呼びつけた。早いところやってしまわないと、決意が鈍ってしまいそうだった。 不思議そうに見上げている小さな娘の目に気後れしそうになりながら、昼間性能を確かめた魔具を渡した。 「僕が作ったものです」 1つはリースを模ったペンダント。真ん中に緑の石が嵌っている。蔦の1本1本には魔術式を書いて、魔法陣の代わりをなしている。文字を書かなければいけないから蔦が太くなって、これが結構大きなものとなってしまった。ティナの掌くらいはあるだろうか。これは結晶のバリアを作るもの。 もう1つは大きなガーベラを模ったモチーフが連なっている腕輪だ。その中の花の1つの真ん中に魔法陣を描き、そこに被せるように青い魔石を嵌めた。こっちは氷の魔術だ。小さな氷の礫を飛ばし、着弾点をさらに凍らせる術。威力は小さめで、相手を束縛させるのがメインの術だ。 綺麗な物に目を輝かせていたティナは、なんだか不穏な魔具に驚いたらしい。少し気持ちが引けている気がする。 「ティナは魔族です。僕ら人間と似てるけど違う。魔物と同じと思う人だっているでしょう。現に僕もそうだった」 忘れられない苦い過去にどうしてもこの娘が重なってしまう。だから、できたら早速商品にしようと思っていたこの作品をティナにあげようと思った。 どうせ、この魔具の目的は護身用だったんだし。 「中には君を魔族だっていうだけで悪意をもって近づいてくる人もいると思います。そのとき僕らができるだけ守ってあげたいけど、いつもそうできるとは限らない。だから、自分の身を自分で守れるようになってください。手段はあげます。だから……その……」 あとの言葉が続かなかった。自分が何を言おうとしていたのかも覚えていない。そもそも、続きなんてあったんだろうか? ただ思いつくままにべらべらと喋ってただけのような気がする。 ティナはじっとこっちを見上げて、僕の言葉を待っている。 「……自分を大事にしてくださいね」 なんでその言葉なのかは、自分でもわからなかった。言って、そのまま気まずく黙り込む。途方に暮れるって、まさにこのことなんだろうな。 言葉を失ったティナは当然として、ただ見守っているだけだったルビィもなにも言わなかった。話の収集をどうつけるべきなのか悩む。「そういうことだから、これを使ってくれ」っていうのは、なんだか逃げのような気がするし。 立ち竦んでいると、ティナが魔具をテーブルに置いた。首に掛けた単語帳に手を掛け、紙を捲る。 そうして見せられたのは、『ありがとう』。続いて、『うれしい』。 呆然としていたら、身に着けた姿まで見せ始めた。心なしかはしゃいでいる気がする。 「どう……いたしまして」 返事にも躊躇いが生じる。自分ってこんな人間だったっけなぁ、なんて、どこか遠くで考えていた。 [小説TOP] |